6 男の手

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 無意識に手を郁へ伸ばしてしまっていて、触れてしまっていた。  そしたら、郁が誰かのことを呼んで、慌てて手をどけた瞬間――その手を掴まれた。声も出ないくらいに驚いて、掴まれたのは手なのに、心臓が鷲掴みにされたみたいに、大きく揺らぐ。 「あっ……え、ぁ、文?」  郁が黒い瞳を見開いてびっくりしていた。 「ご、ごめっ」  僕はそんな郁に驚いて、仰け反って、でも、手首を郁がすごい力で掴んでくれてたから、尻もちをつかずに済んだ。 「あ、あの、お風呂、どうぞって」 「……」 「寝てたから」 「ごめん。驚いた」 「うん」 「風呂、だっけ?」 「あ、うん」 「ありがと」 「……うん」  着替えはもう用意してあるって言ったら、また、ありがと、って言って、ツーブロックにした前髪をかきあげた。そして、深呼吸よりも浅く、でも大きく息を吐き、僕を残して、お風呂へと向かった。 「……」  手が。 「……びっくり、した」  手がジンジンする。  郁が掴んだ手首のところがジンジンしてる。 「……み」  郁が寝言で言った言葉、名前の欠片を自分で口に出して、そして、唇に手で触れる。ただの唇。けれど、さっきはきゅっと結んであった郁の唇に誰かが触れたことはあるんだろうか。  あるのなら、それは……。  それは、誰なんだろうって、ふと、考えていた。
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