8 ひらり、花火

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「やらないよねぇ……もう中学生なんだもん」  少し、寂しく感じたのを覚えてる。子どもだと思ってた。きっと花火を持って帰ったら喜ぶだろうと思っていた。けど、もう、僕が思っているほど子どもじゃなかったんだ。花火に両手を挙げて、わーい、と喜ぶほどの子どもじゃ。 「手持ち花火じゃ……ね?」  中学生の男の子はそんなの退屈だよね。打ち上げ花火とか、爆竹とかさ。いや、爆竹はやられてしまうと、お隣の林さんが飛び上がって血相変えてやって来てしまうから、遠慮したいところだけれど。 「あ、点いた! 郁」 「……あぁ」  湿気てなかった。三年も前の花火でも使えるものなんだね。すごい。 「わぁ……」  閃光が雨雫みたいに落っこちていく。そして、辺りが赤から青、白に色を変えて照らされる。もう本当に桜も終わりだ。ここのところずっと雨みたいに桜の花びらが降っていて、火花の中にも桜の花びらが、ちらり、ちらりって混ざって落ちてる。 「あ、俺、これ好き」  そう言った郁の手には、パチパチと小気味良い音をさせる火花が彼岸花みたいに散る花火が。 「綺麗だと思う」 「……」  顔を上げて、目を細めて、そう低くなった声が言った。僕は、なんでか、言葉を忘れてしまったみたいに、そうだね、の一言すら言えなくて。 「……」 「文?」 「あ……う、うん。綺麗だね」 「……」 「天国からも見えてるかな」  でも、天国にいる彼らへの挨拶だから、そうおしゃべりになる必要はない、よね。  うちの母はおっとりした人だった。りょうちゃんは活発であっけらかんとしていて、全く性格が違うのに、気が合うらしく、春、よくこの軒先でニコニコしながら二人でおしゃべりしてたっけ。父は、職人肌の人で、めちゃくちゃ寡黙だから、りょうちゃんがいるとたくさん話してたっけ。僕には、はしゃいでる母はめずらしくて好きだったんだ。 「あぁ」  だから、僕は春が四つの季節の中で一番好きだし、春をずっと心待ちにしていた。 「ぁ、見て、次のは長いらしいよ」
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