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でも、そうしなかった。恭介は肩がぶつかった程度の彼女に、生きて欲しいと思ったのだ。一目惚れしたから、可愛いから、そんな理由ではなかった。むしろもっと可愛い人を知っている。チャンスを狙っているわけでもない。恭介は、自身が持っていない何かを彼女が持っているのではないか、そう直感的に思ったのである。一目見た時に感じた、彼女の輝きは見間違いではないだろう。
彼女がトラックの存在に気づいたのは、距離にして百メートルくらいの頃だ。今のトラックのスピードなら一秒あれば彼女を肉片とできただろう。
鉄の塊をその瞳に捉えた時、彼女がどんな表情をしていたか、恭介には見えた。
諦めの表情であった。焦りであったり恐怖ではなく、諦め、あるいは諦念だった。
しかしそんな表情が途端に色を変えて、驚きへと姿を変えた。それは後ろから突き飛ばされたことによるものであろう。恭介は間に合ったのだ。
背を押された彼女は、髪を振り乱しながら前のめりの体制で倒れてゆく。
恭介の意識は、走馬灯のようにゆっくりと動いていた。リュック越しに伝わる、謎の感触が最初。それから目の前の景色、自分の体が浮いていること、すぐそこに迫る死をもたらすもの。全ての動きがゆっくりと見えた。
宙に浮いた体は、このままトラックに轢かれてしまうのだろう。あぁ、また死ぬのか、そう彼女の代わりに諦めを付けて目を閉じた。
そうして意識は途絶えた。
手のひらの痛みによって、恭介の意識は再び天から引っ張り戻された。
「…………へ? え? あれ、俺生きてる?」
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