それから十数年後の春

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 ♪~♪~  軽やかなポップスの曲が耳に届く。歌詞はよくわからないが、コマーシャルでよく流されているのでメロディは知っている。たしか、桜をテーマにした春の曲。 「あれ? 桜の木の方から聞こえません?」 「ん? あいつら、校庭で練習してるのか?」  音を辿れば、ブルーシートを敷いて座る女子生徒たち。ポップスに合わせ、手拍子している。 「いいねえ。いい宴会になりそうじゃないか」  先ほどまで落ち込んでいた教師が笑顔になる。女性教師がそれを見て顔をしかめる。 「彼女たちの前でニヤニヤしないでくださいね。セクハラで訴えられますよ」 「見て楽しむのもダメなのかい?!」  女子生徒たちの視線の先には、一人の少女。桜の木の下、長い髪を揺らし、捲れあがる制服を気にすることなく、上下左右くるくると舞っている。俺の足は自然と止まった。 「サクラ…………」  しばらく口にしていなかった名前が、思わず漏れる。同時、声援が上がる。 「「「行っけえっ、桜子おぉぉっっ」」」  俺は息を呑んだ。  あの日見た、陽光の下での鮮やかな宙返りが再現された。     ……そう。あの日、あの時、俺は恋をした。  ついた膝を立て直し、背筋を伸ばした彼女の姿に。風に流れる黒髪を片手で掻きあげ、俺を振り返ったその姿に。  蘇る記憶。だが、春風に乗って目の前を横切った淡いピンク色の花びらが、俺を現実に戻した。     ついた膝を立て直し、背筋を伸ばした黒髪の少女。満面の笑みの中、両手でVサインをし、ピョンピョン飛び跳ねる。 「やったやったあっ♪ 足首完治~~~♪ イェ~イ♪♪」  耳に届いた肉声に、心が震えた。  聞き覚えのない声音。だけどそれは、長い間、俺が待ち望んでいた声音。  熱いものがこみ上げる。抱えていた段ボールが手から落ちたが、それには構わず、俺は人知れず目頭を押さえた。 ―ありがとう。これで私は生まれ変われる。待っていて。いつか一哉くんの前に、普通の女として現れるから >>>END
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