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「危ないよ」
トシ兄の声に目を開ける。指先にある煙草が短くなり、伸びた灰の部分が崩れかけていた。差し出された灰皿に煙草の灰を落とし、灰皿を受け取る。煙草の火を揉み消した。
「コーヒーのお代わり、入れようか?」
「あ……、うん……」
素直にうなずけば、コーヒーサーバーを携えたトシ兄がやって来た。空のコーヒーカップを持ち上げると、それに中身を注ぎ入れる。
「何か悩んでいることがあるなら、相談に乗るよ?」
ソーサーにカップを置きつつ言うトシ兄。俺は苦笑し、湯気の立つコーヒーを見つめながら言葉を口にする。
「……トシ兄は、幽霊や妖怪に心を奪われたこと、ある?」
視線は上げなかったが、目の前のソファにトシ兄が座ったことが気配でわかった。
「それは、好きになったことがあるかってこと?」
「……うん」
「う~ん……。友人はいっぱいいるけど、恋に落ちたことはないかなぁ」
やっぱり…………。
俺は溜息を吐くと、肘をつき手のひらにあごを乗せた。顔を窓の外に向ける。
「能力者失格だよな……。養父さんにも釘を刺されたし、二葉にも、レイ兄にも諭されたけどさ。でも、前世で因縁があったみたいでさ。一瞬で心を奪われたんだから、仕方がない」
……そう。あの日、あの時、俺は恋をした。
ついた膝を立て直し、背筋を伸ばした彼女の姿に。風に流れる黒髪を片手で掻きあげ、俺を振り返ったその姿に。
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