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「見るんじゃない」
桜吹雪の中に立つ彼女の姿を遮ったのは、養父の大きな手のひら。抗う隙もなく俺は抱え上げられ、振り向くことを許されないまま家に連れ戻された。
「家の近くにあるけど、あそこは怖い所だから行ってはいけないよ」
もう一度外に行こうとした俺を、養父は両手でしっかりと掴むと、拒否を許されない硬質な声音で引き止めた。
「そうだよ、お兄ちゃん。怖い所だから近づいちゃダメだよ」
いつも俺と同じ行動をする二葉が、珍しいことに、血の繋がりの全くない養父の肩を持つ発言をして引き止めた。
養母に目を向ければ、小さく頷かれる。彼女には何も言われなかったが、その仕草で理解するのは十分だった。
あの桜の樹には近づいてはいけないのだ、と……。
けれど。
楽しそうに舞い踊る姿と、こちらに向いた視線。
思い出すと、どうしても再び見たくなり、次の日から、三人の、家族の目を盗んでこっそりと桜の樹のそばへ行くようになった。
石舞台の上には天女の装束に身を包んだ女性の姿。風に舞い散る花びらを見送るように天を仰ぎ、ゆっくりと身体を動かしていく。
くるり、くるり、くるくる……
見つめていると、俺の視線に気がついたのか、女性は動きを止めた。俺が見ているとわかると、驚いたように目を丸くし、頭上の枝へと飛び移った。追いかけるように樹の下へ立つ。しかし、舞い落ちる花びらの向こうには、新緑の若葉以外、何も見えなかった。
そんなことを繰り返して数日が過ぎた時。
『ねえ、キミ。私が見えるの?』
花びらが落ち、すっかり葉桜となった枝を見上げていた俺の前に、女性が姿を現した。間近に見るその顔にどきりとする。肌の白さ、目尻に差した紅、唇に乗せた桃色。目に映る色彩はなぜか懐かしく、心がざわめいた。
深く肯けば、女性はさらに問いを重ねた。
『……私が……怖くないの……?』
俺は首を振る。自然と言葉が口から出ていた。
「全然っ。だって、おねーさんの踊ってる姿、とっても綺麗だもん」
次の瞬間、抱きしめられていた。そうして、あの男に会うまで俺は、桜の樹の精霊―サクラの許に通い続けた。
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