第1話 ダージリン

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 「そもそも、紅茶言葉ってなんなの」 メッセージでは訊けなかったことを口に出す。花言葉の紅茶版と言っていたが、そんなものがあるのだろうか。探しに行こう、とは、どういうつもりだったのか。 「紅茶の葉っぱの花言葉を調べるとか、そういうことなの」 これは今思いついた解釈だ。茶葉にも花言葉があるのだろうか。でも、世の中のお茶は全部同じ茶葉からできているといつか聞いた気もする。  そういうことではなくてね、と、その人は説明を始めた。ダージリンやアッサムを始めとして、フレーバーティーまで含めれば紅茶の種類は膨大だ。そしてそれぞれに違う味わいがある。花言葉みたいに、それぞれの紅茶にぴったりな言葉があるのではないか、それを探してみないかという提案だった。なんでも、気分によって茶葉をブレンドする人もいて、そういう人たちはオリジナルブレンドに名前をつけることがあるらしい。味わいに言葉をあてがうのは珍しいことではないようだ。  カップが2つ、運ばれてきた。白い陶器に洋紅と金の縁取りで高級感が漂う。猫舌の私は、机の向こう側で上品にカップを口に運ぶ様子を眺めていた。 ここにはよく来るの、と訊きたかった。幾度も前の通りを通っていたが、私はお店に気付きもしなかったからだ。佐川くん、と言うのは何故か気が引けて、でもキミと言うのも違う気がして、結局二人称無しで問いかけた。実は2回目、と言ってその人は笑った。  ようやく味がわかる温度になったので、私も口をつける。今までは「紅茶の香りだ」としか思わなかったが、「これがダージリンか」と思った。他愛のない成長だ。どう思ったかとその人が尋ねてくる。味の感想を言うのは思いの外難しい。 「香りがいいと思う」 第一印象を述べたあと、次の言葉を暫く考える。その人は何も言わずに待っている。 「だから、メニューにも書いてあったとおり、ストレートで飲むのがいいと思う」 紅茶に詳しい人に話すのはなんだか恐縮だし、緊張する。 「でも、王道って感じがする。初めて飲む人に勧めてあげたいような、そんな感じ」 その人は優しすぎるくらいに頷いて、僕もそう思う、と満足げに言った。私はなぜだかテストに受かったみたいな気分がしていた…もちろん、見定められていたわけではないのだろうけれど。  「ダージリンは別段生産量が多いわけではないんだけど、香りが特徴的で、紅茶の中でも有名だね」  その人の手がカップを運ぶところを私はまた目で追っている。次の質問が飛んでくる。 「例えばどんな言葉がぴったりだと思う」 私達の探しものの話だ。私が決めるのか、とちょっとだけ思ったが、別に文句はない。さっきのテストに合格したからか、私もこの不思議な時間を楽しみ始めていた。 「出会い、とか」  つぶやいた私の声がまっすぐその人に届くのを感じる。そういえばこのカフェで一度も、大通りの喧騒が気にならなかった。
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