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「あはは、思い出した。あった、あったねえ、そんなこと」エルムはすっかり商品整理の手を休めている。「駅でみんながわいわいしてるのに、なんであたしだけがションボリしなきゃならないのか、納得できなかったよ。これが中高生だったら、親に食ってかかったと思うけど。そんなこと言うために、ここへ来たの?」 「もう一つあるんだ。これも覚えてるかな」 「へえ、なに。あ、もしかして、あの手紙のこと?」  記憶というやつは、一か所が崩れると連鎖的にほぐれていく。エルムは不快そう言った。 「飯沢君が転校してしばらくしてから、あたしは手紙を書いたんだよね。君は元気ですか。私はクラスの委員長をしてます、飯沢君は何してますか、みたいな」  手紙はまだケータイが普及していない時代の貴重なツールだったから、僕は喜こんで封を切った。便箋三枚に近況報告がびっしりと書かれていた。旬なファッションの話題もある。返事を書かねばならない。そう思っていた矢先、今度は別の手紙が僕宛てに届いた。それは従兄からのもので、内容は不幸の手紙。この手紙を五人の人間に投函しないと、あなたに不幸が訪れるというとんでもない内容だ。インターネットが現在みたいに一般的でない頃である。都市伝説の口裂け女がまともに取り上げられる時代だったのだ。  両親に相談すると、誰でもいいからすぐに書けと言ってきた。  ちょうどいい、お前を悪者にしたあの女子児童にも書いてやりなさい。  だめだよ、エルムちゃんは大事な友だちだから。  女の子が大事な友だちだと? まだ、こそこそやってるのか、けしからん!お前は転校したのだから、早くこちらに馴染まないとだめじゃないかあ!  支離滅裂な叱責が飛ぶ。それでも、僕にとって両親は絶対的な存在だったから、口答えなどもってのほかだった。しようものなら、父は鉄拳制裁、母は頭のてっぺんから金切声を浴びせた。子供は親のいう事を聞かなくてはならないのだ。家族の中で一番逆らえないのは父で、二番目が母という構図が、僕の中でいつの間にかできあがっていた。それは僕の中で苛立ちと憎しみに変わっていく。 「飯沢君の返事が不幸の手紙とはね。凄く悲しかったよ。チクりおばさんの件がなければ、あんなことにならなかったかもね」  エルムの声は沈んでいた。 「ずーっと、気にしてたんだ。偶然、エルムの店が現れてホントにびっくりしたよ」 「もしここに店がなかったら、謝らなくてすんだのにね。あたしのことも忘れられた?」 「あのあと、すぐに謝罪のはがきを出すつもりだったんだ。だけど、親父がエルムちゃんからの手紙を燃やしてしまったから、住所がわからなくて。本当に申し訳ない」 「燃やした? それって、あまりにもひどくない?」 その両親は今も健在だ。救いは離れて暮らしていること。電話がたまにかかってくるが、発信先の番号を確認しては無視している。
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