店の名は、エルム

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 それでも翌朝になると、父親は何事なかったかのように出勤し、母親も朝食を僕に食べさせると、いつものように学校へ送りだした。昨夜の出来事が遠い国の悪夢のようだった。  学校へ行くと普段通りだった。  エルムは相変わらずだし、先生も僕を職員室に呼び出したりしなかった。それが当たり前なのに、僕は一日中びくびくしながら、全てが上の空で過ごしていた。 「ねえねえ、どっか具合悪いの?」昼休みになると、エルムがくりっとした目で僕ををのぞきこんだ。「きょう、あんまりしゃべらないね」 「うん・・・夜中にさ、エルムちゃんのことで怒られたよ」  みんな運動場へ行っており、残った教室組は何人かのグループに分かれてふざけっこをしている。  僕は声を落として、ゆうべのできごとを話した。 「ええ? ひどいね、それ! ねえ、みんな、みんな、ちょっと聞いてよ!飯沢君、何にも悪い事してないのに、お父さんからぶたれたんだって!」  エルムが大きな声を出すと、みんな一斉に振り向いて、僕たちのまわりに集まって来た。僕がもう一度、昨晩のことを話すと、途中で遮った友達がいた。 「あ、それチクリおばさんことだろ。おいら、知ってる、知ってるぞ!そのおばさんは子供嫌いでさ、野良ネコの頭を撫ぜただけなのに、虐待してるとか言いふらすんだよ」  チクり、おばさん!  チクり、おばさん!  みんなが妙な節をつけてはやしたてた。僕は知らなかったが、知っている子は知っていて、界隈では有名な存在らしかった。クラスメートたちが同情してくれたおかげで、ようやく僕はすっきりした気分になった。  断片的な思い出ほど、そこに強烈なスポットライトに照らされているみたいに、鮮明に蘇るものだ。  店先を掃除している今のエルムは、あの頃を覚えているだろうか。  僕は立ち上がって、通りもしない車の左右を確かめて、車道をゆっくりと横切った。    
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