墓場までの恋予約した

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 診察を終え会計を済ませて帰ろうとしたとき、次に呼ばれた名前に足が止まった。  よくある名字のよくある名。そのありふれた名前はだけど私にとっては特別で、耳にするたび呼ばれた当人の顔を見る癖がついていた。だから今回もさり気なく視線を走らせたのだ。  上げた腰をまたベンチに下ろす。  待合いから眺めるその男性の後ろ姿に目が吸い寄せられる。  会計を終えて戻ってきた男性に、でもすぐ声を掛けたりしない。  冴えない中年男、先ず浮かんだのはその一言だ。  すごく痩せていて、マスク越しにも頬骨が浮き上がっているのが見える。ニットキャップをかぶり普段着のような少しよれた綿シャツにチノパンという出で立ちだ。  彼だろうか? あのコザッパリとお洒落だった彼がこんな風にくたびれた服を着てきたところなんて見たことがなかった。  しかし私は確信していた。どんなに痩せていても、顔色が悪くても、背が曲がってお洒落じゃなくても、私の心が彼だと告げていた。  心臓が早鐘を打つ。  たとえどんなに精気がなくても、この人は彼だ。  近くの席で凝視している私に気づきもせず、男性は処方された薬をカバンにしまい、薄手のパーカーに手を伸ばした。  その左手首にあるホクロを目にしたら、どうしたって声を掛けずにはいられなかった。 「先輩」  目を細めて私をみる彼。いぶかしげなその顔に、二十年越しの想いは映えているだろうか。 『縁があればまた会えるはず。キレイになって見返してやるんだ絶対に!』
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