墓場までの恋予約した

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 会計前から院内の談話スペースに移動した。自販機の傍にテーブルがあるだけの簡素な場所だが、コーヒーの香りの中で先輩と向かい合っているこの状況が、私の時計を簡単に巻き戻す。  彼は昔勤めた会社の先輩で、私をこっぴどく振った男だ。  別れてから二十年以上経っていて、見た目はオバサンとオジサンの私たちはもう、恋愛という文字は似合わなくなっている。  だけど私の胸の中は会えない年月に唱え続けた『いつか見返してやる』との呪文が渦を巻き、形を変えて体を侵食していた。見返してやるから『会いたかった』へと。 「驚いた。嶋田だって全然分からなかったよ」 「オバサンになったからでしょ」  そうじゃないという言葉を引き出すための定型句、いやらしい私。 「そうじゃないよ。全然オバサンじゃない。昔のままだ」  思惑通り応えてくれる彼に、男って単純だなと可笑しくなる。  だって私、今自分が人前に立てる姿だって知っているもの。  診察を終えて即お手洗いに入り口紅を引いた。髪もきれいにまとまっているのを確認したし、服装は病院とはいえ外出だもの、カジュアルだが流行を取り入れたものだ。 「昔と同じく美人だよ。嶋田がオバサンなら、俺なんかジイサンだよ」  それに対しては微笑むのみで返しておく。そんなことないなんて世辞は余計に人を傷つけるから。 「でもよく俺だって分かったな。声かけてくれて良かったよ」 「会計で名前呼ばれたから。先輩かなってこっそり見てたんです」  彼はそうかと言って笑った。その笑顔は嬉しそうではなく、しんみりとしたものだった。 「それでもさ。俺、顔付きとか変わっただろ」  病気のせいで痩せたことを気にしているのだろう。痩せたというよりやつれたという方が正しいか。 「そうですね。でも手首にホクロがあったから」  ああこれかと、彼は自分の手首を見る。 「時計してないんですね」 「スマホがあれば事足りるからな。それに時間に追われる生活はしていないんだ」  そうですかと相槌をうつ。深くは聞かない。想像はできるから。
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