墓場までの恋予約した

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 派遣社員の私は長く契約してもらうため、勤務先に気に入られることを第一の目標にしていた。新たな派遣先でグループの責任者だった彼に挨拶した時も、誰にでも好印象を与える猫かぶりの笑顔を作った。よろしくと返してきた彼に中々のイケメン、好みの顔で良かったわと思ったのを覚えている。  最初はそれだけだったのに一か月、二か月と経つうち、イケメンとか好みの顔とか表面的なものはどうでも良くなった。  彼は仕事の出来る人だった。指示は厳しいが結果もきちんと出す。企画力、行動力、仕事の振り方など尊敬できる箇所はいくつもあった。周りに対する気の配り方も上司に取り入るお愛想に関しても。  仕事を外れれば単純に面白い人。休憩中のバカ話で皆を笑わせ、オフは周りを巻き込んで遊びの計画を立てる、体を動かすことが大好きなやんちゃ坊主の雰囲気を醸し出す魅力的な人だった。  惹かれるのに時間はかからなかった。そして何故か先輩も私に興味をもってくれた。  部内のレクで現地集合のときはいつも車に乗せてくれた。飲み会は最初こそ離れて座るが最終的には必ず隣で飲んでいた。休日には他の仲間とも一緒にだが、レジャーを楽しんだ。テニスや釣りを教えてくれたのは彼だ。あの経験は今でも私の趣味を彩ってくれている。  食事をしたこともあった。残業後の一杯ではない。きちんと予約したレストランで二人きりでだ。  落とした照明、テーブルの上の小さなキャンドル、他の視線が気にならない二人きりになれるパーティション。  雰囲気のあるイタリアンできちんとドレスアップした私は、普段仕事でつけている腕時計は外し、変わりに細いチェーンのブレスレットをつけていた。  メニュー表を受け取るとき伸ばした手を彼が掴んだ。そして手首の内側にある小さなホクロをへぇと呟いてなぞったのだ。 「お揃いだな。俺の手首にもあるんだよホクロ」  だが彼は腕時計を回すもその下にあるホクロは見せず、ずるい顔で言う。 「俺の時計、君が外して」  誘われたと思った。  彼の顔はその時『先輩』ではなく、私に向かい合う一人の『男』だったから。
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