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「あの時の恋人と結婚なされたのですか」
「いや、そういう話だったんだけどな。結局彼女とは別れたよ」
それは知らなかった。
容赦ない言葉のナイフを振りかざした彼に私はすごく怒っていた。だからこそ自分が惨めになる態度は絶対とらないと決めたのだ。見返してやると呪詛を吐きながら努めて彼の情報はシャットアウトし、この怒りが収まらない限りは二度と会わないと、僅かながらのプライドを懸命に守っていた。
「アプローチしていた元部下に慰めてもらいたかったんだけど、その子と連絡とる前に近くにいた女性に絡めとられてしまって、気がついたら結婚していた」
「なんですかその言い方。元奥さんに失礼ですよ」
「仕方ないよ、何だか抗えない流れに放り込まれた感じだった。結婚生活は三年持たなかったな」
彼は遠いものを見るような目でフッと息を吐いた。だがすぐ目の前の私に焦点を合わす。
「嶋田は? もう嶋田じゃないんだろ。あのキープしていた彼氏と一緒になったのか?」
私は今の名字を名乗り、旦那はあの時の彼氏ではないことを告げた。
彼は何だよと笑った。俺たちバカだったなと。
「真面目に君に告白していたら、たとえ後悔したってもっと違う種類になっていたのに」
本当に何であんな思わせぶりばかりしていたのだろう。彼の言うとおりバカの一言だ。
私は今の家庭に満足している。旦那は優しいし子供たちは宝物だ。だけど人を好きだという気持ちは素直に吐き出すのが最良なのだ。身の内に救いなく飼っていたら、腐っていつまで経っても消化不良を引き起こす。
しかし私の感傷などよそに、冷たい声が現実に引き戻す。
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