墓場までの恋予約した

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「だけど君と結婚しなくて良かったかもな。両親とも死んでしまったら、子供が可哀想だ」  確認は必要なかった。  ここはがん患者が集う病院。  本人の受診だということは、互いの痩せた体を見れば一目瞭然だった。  彼がニットキャップを被るのは髪が抜けたのを隠すため。私の髪もウイッグで、だからしょっちゅうお手洗いに行って変ではないか確認している。 「……私は死にませんよ」  彼を睨みつけこの言葉を絞り出す。だけど本当に睨みつけたのは彼ではなく自分の運命。こんなところで、子供達を残して退場なんて、そんなの絶対受け入れるものか! 「そうだな、母親は長生きしたほうがいいな」  肩に、重みがかかった。先輩が手を置き力をかけている。 「俺の気力、やるよ」  彼は笑っていた。目尻に皺がよる私の好きだったやさしい笑顔。 「もうほとんど残りカスみたいなものだけどな、嶋田にやる。受け取れ」  真剣な笑顔。真剣な笑顔ってなんだそれ? でも私も同じ顔を作った。真剣な笑顔で、命のやりとり。  隙あらばこみ上げてくる嗚咽を抑えながら、ありがとうございますという音をどうにか紡いで口から出す。  私が落ち着くまで、彼はずっと肩に手を置いてくれていた。 「先輩のこういうところ、格好良くて大好きでした」 「過去形?」  そういって口角を上げた彼は、真剣な笑顔から力の抜けた柔和なそれにスイッチする。 「さてと、元気だったらまだ俺に気を残している人妻をホテルにでも連れ込むところなんだが、残念ながら体力ねーわ」  ヨッコラショと言って立ち上がる。体を支えているテーブルについた手が小さく震えているのが分かる。  だがどんなに弱まっていても昔通りの颯爽とした空気をまとい、彼は私に向き合った。 「嶋田、俺の気力、お前は確かに受け取った。いいな、確かに受け取ったんだ。だからお前は大丈夫だから」  手が、ポンッと触れる。さっきパワーを受け取った肩にだ。   「先輩が大好きでした。もっと早く、素直に伝えていればよかった……」  彼はフッと笑った。目が三日月のようにキレイな弧を描いている。 「過去形はちょっと引っかかるけど、まあいいや。会えてよかった」  じゃあなと踵を返し、正面玄関に向かって歩いていく。
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