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ー3ー
――シャララ……ラン
彼からの着信音に、ハッと身を起こす。滲んでいた目尻の滴を拭って、画面をタップする。
『あと15分くらいで着く。夕飯の予定はあるか? キャサリンから食事券を貰ったんで、イタリアンで良かったら行かないか?』
トクン……と、冷えた胸が暖かくなる。
彼と付き合うようになって、気付いたことがある。彼は、決定しない人なのだ。必ず私の意見を尊重してくれる。
若き日の私だったら、物足りなかったかもしれない。グイグイとリードしてくれる達哉の強引さが、心地好かったのも事実だから。
でも――今の私には。
急いで画面をタップする。
『嬉しいわ。お出掛けの準備しなくちゃ!』
デスクの上に広げたままだった、カードと万年筆を片付ける。お得意様へ渡す営業用のメッセージカードを書いていたのだけれど……思い出に浸って、あまりはかどらなかった。
引き出しを開けて、カードをしまう。奥に入れた金色の箱が目に止まり、思わず手に取った。中には、数少ない達哉が残してくれた品を収めている。もちろん、あの誕生日にくれたカードも。
ラジオからは、『アンチェインド・メロディ』が流れていた。映画『ゴースト・ニューヨークの幻』でリバイバルヒットした、オールデイズの名曲だ。
亡くなってゴーストになった恋人が、主人公の女性を背中越しに抱き、ろくろを回す彼女の両手に、自分の透明な掌を重ねる――このクライマックスのシーンで、いつも私は泣いてしまう。
「……達哉、貴方も私の側にいるの?」
立ち上がって、部屋の中をぐるりと見回す。
「私なら、大丈夫。だから――もし守れるのなら、彼を守ってあげて」
運命が達哉を奪ったように、もう二度と譲治が連れて行かれないように――。
金色の箱をそっと撫で、引き出しの奥に戻す。ティーセットを手に、書斎を後にした。
ー*ー*ー*ー
「……譲ちゃん」
到着した彼が靴を脱ぐ間も与えず、背中に腕を回す。
少し眉を上げたが、彼は力強く抱き締め返して、優しく唇を奪った。
「何だか……いつにも増して色っぽいな」
互いの片腕を腰に回し、密着したままリビングに入る。
「もぅ。嬉しいからに決まってるじゃない」
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