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 見上げると、ダイニングテーブルの前で足を止めた。彼は私の両肩を掴んで向き合うと、再び唇を求めてきた。舌を絡め合う濃厚なキス。 「今から、あまり煽るなよ」 「ふふ」  彼の弱り顔に、胸がキュンとなる。悪戯に困らせるなんて、達哉には出来なかったことだ。  お詫びと労いの気持ちを込めて、彼にコーヒーを入れた。30分ほど他愛のない話をした後、空のマグを置いたまま、食事に出掛けた。 ー*ー*ー*ー  キャサリン嬢がくれたお食事券のお店は、メディアにも取り上げられる、創作イタリアンの人気店だった。シェフお任せのコースを頼んだが、さすがに舌の肥えた彼女のお薦めだけあって、どの料理も非の打ち所がなく美味しかった。  熱い夜を交わす前に、もう一軒、彼が時々行くというジャズバーに足を運んだ。  普段仕事で散々アルコールを体内に流している私だが、自分の店以外で飲む機会は少ない。新鮮な気持ちで、彼と並んで夜景の見えるカウンター席の端に腰を下ろした。 「こういうのも、素敵ね」  やはり、滅多に口にしないカクテルなんか傾けてみる。酔いを求めている訳ではなく、雰囲気を楽しみたいので、ホワイトレディを注文していた。 「後ろのピアノで、生演奏があるんだ。ワンステージ聴いてから、帰らないか」 「そうね……ふふ」 「優華?」 「貴方のプライベートを覗けるのが、嬉しいの」 「……大して面白かねぇぞ?」  彼は照れを隠すように、窓外に視線を向け、丸い氷が浮かぶバランタインを口にした。 「それでもいいのよ」  そんな会話の最中に、背後で拍手が起こる。半身を捻って振り向くと、銀色のタキシード姿の茶髪の男性が一礼してピアノの前に座った。  小波のような拍手が引くと、ピアノの旋律が心地好く空間を満たした。スタンダードなバラード曲が、ジャズアレンジされていて、耳馴染みがいい。  隣の彼の肩に、そっと凭れ掛かる。支えるように伸びてきた掌が、腰に添えられた。  幸せな気持ちで寄り添っていたが、何曲目だろうか――その旋律に、身体が強張った。 「あっ……」 「優華?」 「あ――ううん、大丈夫」  慌てて取り繕うが、間違いない。こんな時に『オリビアを聴きながら』を弾くなんて――。  ピアニストを恨めしく思いながら、込み上げる涙が溢れないように瞳を閉じる。戦慄きそうな動揺を必至に抑えて。
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