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「それで、恋愛もこんなに大長考してるってわけね」
「焦って悪手を指すよりずっといいでしょ?」
「どうかなぁ。…とりあえず、今日はこれから私がどこ行くのか、私の話ちゃんと聞いてた?」
景子は薄暗くなってきた窓の外に目を遣って、それから私の目を覗き込んだ。
心配するお母さんのような顔だ。
「うん、もちろんわかってるよ。もう少ししたらここ出なきゃね」
受付時間までしばらく時間があるって言うからこうしてカフェに入ったけれど、おしゃべりしていたら意外なほど時間はあっという間だった。
「…まさかこんな日にまで、あんたの恋愛作戦聞かされるなんてね。で、今その作戦はどこまで進んだの?」
「うん! 挨拶できるようになった!」
「挨拶」
「そう、朝の挨拶。高遠君に毎朝駅で会えるようになったの。中学の同級生だってやっと思い出してくれたみたい」
これは本当に嬉しかった。綿密に作戦を練って、出勤時間を合わせられるようになった甲斐があったのだから。
「そ、そっか」
景子はどこか諦めたように頷いてから、腕時計を見た。
「あー、ごめん。私そろそろ行かないと」
「あ、そうだよね。景子に偶然会えて、話聞いてもらえてよかったよ。今日は楽しんでね」
「うん…あんたもその…そこそこにね」
立ち上がった景子のパーティードレスはシックなネイビーで、淡水真珠のロングネックレスが華やかさを添えていた。
「わかってるよぅ。一歩間違えたらストーカーになっちゃうって言いたいんでしょー?」
「いや、ストーカーっていうにはあまりにも、あれだけど…」
「でも大丈夫。そんな、高遠君に嫌われちゃいそうな行動には出ないから」
「……」
「あくまでも、先は急がず、結果は焦らず、私らしく進めていくよ」
私のこの恋をね。
「そう…じゃあ、またね」
「うん! また今度ゆっくりご飯行こうね」
明るく手を振る私を見て、景子は一瞬何か言葉を探すように目を泳がせた。
「景子?」
「…ううん。なんでもない。またね。元気で」
景子は少し力無い笑みを浮かべて、足早にカフェを出て行った。
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