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隣の席の――。
「ねぇ」
先生が教壇で教科書を読み上げている最中、僕の隣の席から囁く声がした。耳をくすぐるその声に聞こえないフリをして授業に集中する。
「ねぇ。ねぇってば」
さっきよりほんの少しトーンが上がった柔らかい声がしっかりと僕の耳に入ってくる。しかしここで反応してはいけない。それはこれまでの経験で嫌というほどわかっていた。
「むー……。無視するんだー」
一転して声色は暗くなる。その表情は僕の視界からは見えないが、おそらく口を尖らして拗ねているのだろう。しかし心を鬼にして無視を決め込み、一生懸命に黒板の文字をノートに書き写そうとする。だが、全く集中できない。どうやら僕の心は既に隣の席の囁き声に囚われているようだ。聞こえないフリを続け、ソワソワしながらノートと黒板に視線を行き来させていたそのとき、僕の耳近くから甘い声がした。
「……悠里が相手してくれないなら、家出しちゃおっかなー」
「な!?」
思ってもみなかった言葉に驚き、椅子から立ち上がった瞬間だった。
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