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「お嬢様……ありがとうございます」
何に対してのお礼の言葉なのか自分でも曖昧だが、この気持ちを言葉にするには難しい。僕は使用人である前に、ただの高校一年生だ。複雑に絡まったこの感情を言葉にするのは――恥ずかしい。
「……ふふっ。どういたしまして」
お嬢様はとても聡明だ。様々な感情が入り混じった僕のお礼の言葉を、素直に受け取ってくれた。
「でも、お礼を言うのは私のほうかな。悠里、ありがとね」
お嬢様からお礼を言われた理由は皆目検討がつかないが、おそらく「いつも身の回りの世話をしてくれてありがとう」という意図なのだろう。正直、なぜ使用人としての経歴もほとんどない僕なんかを雇ってくれているのかは定かではない。だが、こんな自分を迎え入れてくれたお嬢様には感謝してもしきれない。だから僕は、お嬢様のためにできる限り尽くしていくつもりだ。
いつも僕の横で楽しそうに笑うお嬢様を見ていると、こっちまで楽しい気分になってくる。それと同時にちょっとだけ意地悪な気持ちになる。これは高校一年生の、“友達”に対する健全ないたずら心だろう。だからほんの少しのいたずらを込めてお嬢様に抗議をする。
「でも、授業中に僕で遊ぶのはやめてもらえませんか?」
「えー。やだー」
聞き覚えのある言葉に思わずクスッと笑ってしまう。
「どうしてですか?」
意地悪が加速してつい聞いてしまった。今考えてみると、これがいけなかったのかもしれない。
「……だって」
するとお嬢様は僕から離れ、小走りで距離を取った。そしてクルリとこちらに振り向いた。黒髪がふわりと揺れる。お嬢様の後ろから真っ赤な夕陽が差し、辺りを紅く染めあげた。紅く染まったお嬢様はニコリと微笑むと、大きな声で叫んだ。
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