0人が本棚に入れています
本棚に追加
ある日、街で偶然見かけた君はわたしの知らない女の人と、わたしが見たことのない笑顔で歩いていたね。
その日の君の帰りを、いつもどおりのわたしが待っている時間は狂おしいほど長かった。わたしはあの人みたいに君のとなりを歩けないって知っていた筈なのに、その事実を一瞬ごとに思い知らされたから。
ある日、わたしは爪をぴかぴかに磨いて君を待っていたよ。わたしができる精いっぱいのおしゃれ。やっぱり君は気づかなかったね。
いつも何かを傷つけることしかできないわたしの爪が、わたしの心も傷つけた。わたしがあの人だったら、君は気づいてくれたのかな。
ある日、君はあの人と一緒に帰ってきたね。君はあの人にわたしを紹介して、あの人は君がするようにわたしを撫でてくれたね。そして君とあの人は、わたしが一度も入ったことのない君の部屋に入っていったね。
二人の楽しそうな声が漏れ聞こえる部屋の前で、わたしはうずくまってないた。
幸せな記憶を思い返すと、どうしようもなく満たされないわたしが片隅にいる。
君のそばにいるわたしはほんの一瞬で、君のとなりを歩くわたしはどこにもいなくて、ただ君のうしろ姿を眺めるしかできないわたしだけが現実になるのだと思い知る。
今日、君はあの人と部屋を出ていくね。お別れのために君に会いにいくなんてことはしないよ。きっとまた、わたしの胸がしめつけられるくらいの優しさを君はくれるだろうから。
そんなことを思いながらもわたしは今、君の部屋が見える場所にこっそり隠れて、最後に君がわたしを探してまわる姿を待ち望んでいる。今日もこれから先もほんのちょっとでいいから、君に恋したのら猫のことを思い出してほしいと願いながら。
最初のコメントを投稿しよう!