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「お、裕太。わかってくれてるんだ。大丈夫。心配しなくていいさ。僕、裕太に悪いと思ったんだけど、新しい部屋を見つけてきたんだ。勝手でごめんよ。君の就職する会社に近いところで、ここより広い部屋のマンション。家賃は、いまとそう変わらない。若干高くなったけど、、。お互い社会人になるからいいだろう」
「おまえなあ」
「僕、親にちょっとスリスリしてお金を少し援助してもらったし。心配ないんだよ」
「ダメだよ。そういうのは!」
「な、もう決めたんだ」
「わかった。付いていくよ」俺はすでに観念していた。
「裕太、ありがとう」
そう言ったときのあいつの笑顔。これが堪らなく愛しいのだ。負けた。
いつも、あいつにしてやられる。物腰は柔らかく、折れてボキンとしそうな線が細いやつなのに。そんな外見から騙される。鋼のような強靭な意志力と行動力に。
五年後。一月。
あいつは、成長した。画家として食っていくにはまだまだだったけど。アーティストとしてはすごく成長していた。アルバイトをしながらも、画廊で共同展覧会に出展するほどになっていた。
俺だって、少しは成長したさ。たぶん。新卒から同じ会社に勤めて5年。部下を持つ地位になったし。もちろん、上司はいる。これが、成長と言えればだけど。あいつの方が努力をしていただろうけれど。
その努力が実り、あいつは関西で、個展を開くことまでになった。
それは、喜ばしいことだ。だが…。
「僕、京都に住むよ」
「は。なんでまた京都に。突然、何言うんだ」
「この前、関西で個展を開いただろ。京都市内の画廊で」
「ああ。以外と人が来てたよな」
「以外と、は余計だけど。ま、それはおいといて。個展に来てくれたお客さんの中で、僕の作品をすごく気に入ってくれた人がいるんだ」
「すごく、ね」
「その人が、京都で作品を作らないかって」
「絵を描くっていうのか。京都で?」
「そう。ちょうど空き家になってる町家があるから、そこに住んで描けばいいって」
「町家?」
「うん。その人が持っている町家なんだ。家賃もほとんどタダみたいなものでいいって」
「その家、見に行ったのか」
「見たよ。広いし。いつでも住めるようにインフラも整ってる」
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