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君が、小さく咳払いする。
何か言いたい事がある時、君はいつも、そうやって喉を鳴らしてから、わたしに顔を向ける。
そうして、ためらいがちに、わたしの名前を呼ぶんだ。
いつものやさしい声で。
わたしの大好きな声で。
ねえ、沙夜、って。
「――ねえ、沙夜。聞いて欲しい話があるんだ。俺――」
その瞬間、世界中のすべての音が、消えてしまった気がした。
目の前では、君の唇だけが動いていて――だから、君が最後になんて言ったのか、わたしには聞き取る事が出来なかった。
でも、君がなんと言ったのか、多分わたしは知っている。
だから、君の顔が歪んでしまう前に――涙がこぼれてしまうまえに、わたしは笑顔をつくった。
わたしが泣いてしまったら、きっと君は、傷ついてしまうから。
「……わたし、応援してる。がんばってね」
わたしの想いが、ふわ、と周囲に溶けていく。
この景色を、セピア色を、いつか『思い出』と呼べる時が来るでしょうか。
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