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第九章 復讐
第一話 側仕
「夕花。可愛いよ。気にしなくていいのに・・・」
「駄目です。私が嘲られるだけなら構いません。でも、晴海さんが馬鹿にされるのは我慢出来ません!」
「うーん。大丈夫だよ。僕を馬鹿にしたら、その家は終わりだよ。解っていて、そんな愚行は犯さないと思うよ」
「違います。その場で言われる位なら我慢出来ます。帰ってから言われるのが我慢出来ないのです!」
「わかった。時間はまだあるから好きにしていいよ」
「ありがとうございます」
晴海と夕花は、礼登が用意した会議を行うクルーザーに移動している。大学に顔を出して、駿河から礼登の操舵するクルーザーで待ち合わせ場所まで来た。夕花が操舵するクルーザーで移動しても良かったのだが、礼登からの進言を受け入れてクルーザーは駿河に置いてある。
調べれば解ってしまうだろうが、クルーザーを常日頃から使っているとは思わせないようにしたほうが良いだろうと言われたのだ。クルーザーになにか仕掛けられたら対処が出来ないが、クルーザーを知られなければリスクを減らせる。
夕花は、礼登の部下に居た女性に支度の手伝いをしてもらっている。服は買ったが、化粧や髪の毛を整えているのだ。
「お館様」
「礼登か?」
「はい。忠義様が面会を求めていらっしゃいます」
「解った。連れてきてくれ」
「はっ」
3分ほどして、一人の男性が礼登に連れられて、晴海の前で跪いた。
「旦那様」
「能見。いろいろ助かった」
「いえ、私が望んだことです」
「礼登。悪いが、席を外してくれ、忠義と話をしたい」
「はっ。奥様はどうしますか?」
「準備が出来たら連れてきてくれ」
「かしこまりました」
礼登が部下を連れて部屋を出ていく、残されたのは、晴海と能見と冷めたコーヒーだけだ。
「お館様。いえ、晴海様。もうすぐなのですよね?」
「そうだな。俺の願いと、お前の願いが、成就する」
晴海は、能見の目を見ながら宣言する。
晴海の願いと能見の願い。晴海が、自分以外を失った日に、能見は晴海とある約束をした。自分の願いを叶えてくれるのなら、全力で晴海を支えると・・・。そして、願いを聞いた晴海は、能見の願いと自分の願いが同じ方向を向いていると思った。誘導された結果かも知れない。幻想なのかもしれない。
晴海は、能見の手を握った。能見は約束通り、全力で晴海をサポートしている。
「はい」
「そのためにも頼むぞ」
「もちろんです。文月晴海様」
晴海は、能見から報告を聞いている。
「わかった。市花と城井と合屋は、自分の権益が保証されれば大丈夫なのだな」
「おそらく」
「百家の様子はどうだ?」
「そちらは問題にはなりません」
「ん?そうなのか?」
「はい。親の権益が保証されれば、そこから再分配されます。独自で、権益を確保しようとしなければ問題にはなりません。独自の施策まで、お館様が保証する必要はありません」
「それもそうだな。能見。そのまま説得と監視を行ってくれ、俺は礼登を使って裏切り者と本当の敵をあぶり出す」
「かしこまりました」
話が終わった所で、晴海の情報端末にコールが入った。
礼登から、夕花の準備が終わったと連絡が入ったのだ。
晴海は、ドアを開けて夕花を部屋に招き入れた。
「夕花。綺麗だよ」
「ありがとうございます」
「そうか、夕花は、能見とは初めてだったな」
「はい。能見様。文月夕花です。本当に、いろいろありがとうございます。母の分もお礼をいたします」
夕花は、能見に綺麗に頭を下げる。
「奥様。私は、晴海様の手足です。呼び捨てでお願いします。これから、会う家の者も、絶対に呼び捨てにしてください」
「しかし、私は、晴海様の奴隷です」
「いえ、違います。夕花様は、晴海様の奥様で伴侶です。晴海様に選ばれた人なのです。自信を持ってください。そして、晴海様をお願いいたします」
夕花は、奥様と言われて晴海を見る。優しく微笑む晴海を見て、この人に選ばれたのだという思いが能見に言われて、自信が湧き上がってくる。
夕花は、能見に深々と頭を下げる。
「わかりました。これで最後にします。私は、晴海さんを支えます」
ゆっくりと頭を上げて、能見を正面から見つめる。
「能見。よろしくお願いします」
能見はにこやかに微笑みながら立ち上がって、夕花の前に跪く。
「はっ。夕花様」
夕花は戸惑いの表情を浮かべながら、晴海を見る。
「能見。夕花が戸惑っている。椅子に座れ」
能見が立ち上がって、晴海の正面のソファーに座る。
夕花も晴海の横に座った。夕花が、座る前に飲み物の準備をしようとしたのを、能見が止めた。
「奥様。晴海様とお二人でお楽しみの時だけにしてください。誰かがいるときには、下々の仕事と考えてください」
「はい」
夕花は、能見の助言をありがたいと感じている。言われなければ気が付かないのが解っている。
それでは、どうしたら良いのかを考えるが答えが出てこない。
能見は、ドアを開けてメイドを中に入れた。
「晴海様。奥様。この二人は、何も喋りません。ご安心ください」
「わかった」
晴海が了承したので、夕花もうなずくことで許可を与えた。
メイド服を着た二人は、晴海と夕花の後ろに立って控えるようだ。
夕花が、メイドの一人に目配せをする。メイドは動き出して、3人の前に飲み物を用意してくれるようだ。
3人の前に飲み物が用意されて、晴海は改めて能見に質問した。
「この者たちは?」
晴海がメイドの出自を聞いた。二人と夕花の願いには、協力者が必要なのは解っている。しかし、願いは多くの者たちに説明しても、共感を得られるとは思っていない。それどころか、反対されるだけではなく、邪魔されるのは解っている。
「大丈夫です。私と同じ考えの者です」
「そうか、わかった」
晴海は、振り返って二人を見た。
「死ぬぞ?」
「願いが叶うなら」「本望です」
「わかった。二人を預かる。能見。屋敷の鍵があるのだろう?寄越せ。メイドを7階に入れるつもりはない」
「はい。二人には、1階のエレベータ近くの部屋の鍵を渡してあります」
「わかった」
晴海は、そこまでの話を聞いて、夕花を振り返った。
「夕花。ごめん。屋敷に二人をいれる」
「はい。晴海さんが決められた事なら反対はいたしません」
「ありがとう」
二人のメイドも夕花に頭を下げる。
ドアをノックする音がした。
「お館様。市花、新見、寒川、城井、合屋、各家の当主及び次期当主、当主代行が揃いました。お館様をお待ちです」
「わかった。夕花、能見。それから・・・」
晴海は、メイドの二人を見た。
「私たちは、家名を捨てました。旦那様。私の事は、夏菜」「私の事は、秋菜とお呼びください」
二人のメイドは、そこで言葉を区切ってから、揃って夕花を見る。
「「奥様。よろしくお願いいたします」」
夕花に揃って頭を下げる。
「!!」
夕花は、突然の事でびっくりしたが、晴海や能見や礼登からみたら当然の事なのだ。
「夏菜。秋菜。夕花を守れ」
「「はっ」」
晴海は、夕花を守るように指示を出す。自分の護衛には、能見と礼登がいるのだ。問題にはならない。
クルーザーの部屋から出て、会議が行われる部屋に向けて歩いていく、先頭を礼登が歩いて、能見。晴海。夕花。夏菜。秋菜の順番だ。
夕花は、海を見る。穏やかな波がクルーザーを揺らす。近くには、5隻のクルーザーが等間隔で並んでいる。移動で使ったと思われる。小型ボートが一隻あるだけだ。反対側はわからないが、見渡せる中には、他の船は見えない。本当に、自分たちだけの空間になっているのだろう。
夕花は、五隻のクルーザーの中で一隻だけ、光が不自然に明滅しているのが気になった。前を歩く晴海にそれとなく聞いた。
「晴海さん。右手に見える船の端の船ですが」
「馬鹿だね。ありがとう。夕花。対策を取らせる。あまり見ないようにね」
「はい」
「(確定だな。本当に、愚かだね。僕が、気が付かないと思ったのか?そんなに甘く見られていたのか?)」
晴海は冷めた目で海を見つめる。
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