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序章 奴隷市場
見知らぬベッドの上で 足と手を固定され、口枷をさせられ、耳栓をされ、自由が利かない状態になっている自分の周りを何人もの人間が取り囲んでいる。
頭も固定され、目には何か解らない装置を付けられて、正面部分しか見られないようになっている。その正面のはるか前方には大きな鏡があり、そこに自分の姿が映し出されている。
そして、多数の男女が露になっている秘部を見たり顔を覗き込んだりしてから紙に金額を書いて立ち去っていく。
奴隷市場。
これが、この場所の名前なのだ。
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『第13回 奴隷市場開催決定』
そんなチラシを持って、男は都内にあるビルに足を踏み入れた。
奴隷の売買は、奴隷の人権問題があり、単純に売買できない法律になっている。チラシには、詳しい説明を載せる事が義務付けられているのだが、誰も読んでいない事はわかりきっている。
超超高齢化社会になってしまったこの国は老害と思われる政治業者が国政を牛耳っている。
その老害が、少子高齢化社会対策で打ち出したのが、”奴隷制度”なのだ。正式名称は、もっと長ったらしいらしいが、通称”奴隷制度”が全てなのだ。
性奴隷ではない。ブラック企業の労働者でもない。
主従関係を結ぶ契約だと言われている。老害共の御用マスコミが連日宣伝しているので間違いないだろう。
この奴隷制度は、簡単に説明すれば主従関係だと言える。
奴隷は主人を選ぶことができる制度になっている。
入札は、主人が主体になって行われる。条件を記入して入札を行う。入札された条件や主人の情報から奴隷が自分で主人を決める事ができる。奴隷として唯一許されている権利なのだ。
その後は、主人が決めた条件での服従が義務付けられている。
奴隷にはチップが埋め込まれて、解放するまでチップを取り除くことができない。
そして、チップからはすべての生体情報が主人に送られる。また、チップによって奴隷に苦しみを与える事が許されている。
これらの条項にサインした者が奴隷として市場で競売にかけられることとなる。大航海時代にあった奴隷制度とは違い、さらわれたり、意思を奪われたりした状態で奴隷市場に並ぶことはない。
奴隷市場は、国が地方自治体に依頼して開かれる事になっている。
奴隷バイヤーが居るわけではない。
そういう事になっている。違うことくらいは皆がわかっていて目をつぶって見ない事にしている。
性奴隷は居ないことになっているが、実際にはわからない。実態が調査できていないという事だ。魔法が有ったり、何らかの超常的な方法があったりすれば実現可能なのか知れないが、残念な事に契約とチップで縛る事しかできない。
法律の不備と騒いでいる人権団体や諸外国があるが、諸外国でも同じ様な事を行っている。もっと酷い国もある。国として、ストリートチルドレンを捕縛して、簡単な教育を施したあとで奴隷制度を復活させた国に売って、外貨を稼いでいる場合もある。裏組織が取り仕切るのではなく、国として子供を輸出しているのだ。
この国でも人口の不均等が発生した。それを是正する方法を、老害共が放棄した結果が、現状の超超高齢化社会なのだ。
そんな奴隷市場が開かれるビルに入っていくには、若い男は珍しい。大抵は、ある程度年齢を重ねた者が奴隷を求める。
奴隷を求める理由は様々だ。
奴隷は安い金額では無い。
衣食住の保証は当然の事だが、買った奴隷が死ぬまで面倒見なければならない。また、奴隷は1人しか持てない。国が、マイナンバーで管理している。新しい奴隷を買うために今の奴隷を殺してしまうと生体情報を調べられて、殺したと思われた場合には、主人が犯罪奴隷の身分に落とされる。高齢の場合には、財産を没収され残りの人生を国が定めた奉仕活動か檻の中で過ごす事になる。
若い男が、それも1人で奴隷を求めにやってくるのは殆どないと言ってもいい。
若い男は、自分の素性を正直に奴隷市場に提出した。提出の義務は無いのだが、主人となる者の素性がわかっている方が、奴隷から選ばれやすい傾向にある。
若い男は、名前を六条晴海と書かれている。
受付の女性は、若い男の年齢を18-9だと思った。実際には22歳だ。受付が、六条晴海に目を奪われたのは珍しく若いからだけではない。幼さが残る見た目で左右の目の色が違う金銀妖瞳なのだ。それだけではなく、チラシを握っている左手は間違いなく義手で、目の上になにかで切られた傷が大きく残っている。
今の時代は、よほどの事が無い限り傷跡は残らない。あえて傷跡を残す人は居るが、顔に残すような事は殆ど無い。
受付が気になったのは、顔の傷だけではない。
この国には珍しい白髪なのだ。白髪というよりも、白銀と表現したほうがいいのかも知れないが、白髪を短めに切りそろえている。
「これでいいですか?」
「え?あ!問題ありません」
受付は、六条晴海から渡された申込用紙を確認した。
若い男の幼さの中になにか諦めた目と白銀の髪の毛に見とれてしまった。
受付が渡された申込用紙を機械に読み込ませる。
マイナンバーや申込みに書かれた情報を読み取るのだ。
”ビィービィー”
警告音が鳴った。
受付は、警告のナイを見て自分の目を疑った。
”六条家一族大量殺人事件の生き残り”
情報は続けられる。
”六条晴海は、六条家のただ1人の生き残り”
”本人も事件で左腕を無くしている”
犯人は見つかっていない。
受付もこの事件は知っている。連日ニュースサイトで取り上げられている。当初、唯一の生き残りである長男が疑われたのだが、実質的に不可能だという事や、凶器が見つかっていない事から長男は犯人ではないと思われている。
”特記事項に記述あり”
特記事項とは、過去に事件を起こしている場合に自己申告する場所になっている。六条晴海は、その特記事項に”殺人事件の生き残り、犯人の動機不明。犯人未逮捕。狙われる可能性あり。軍や警察や治安維持隊が自分を犯人としてマークしている可能性あり”と書いてあった。
「お客様」
「私ですか?」
「はい。この特記事項は、奴隷も読みますが問題ありませんか?」
「はい。問題ありません。何かまずいですか?」
「いえ、問題はありません。ありがとうございます。手続きを進めさせていただきます」
「お願いします」
受付は、六条晴海を見て、一切の動揺がない事を確認した。
その後に義務付けている、身分を保証する公的な書類の提出をお願いする。
受付は、運転免許が提出されるものだと思っていたのだが、六条晴海が提示したのは”銃携帯許可証”だった。
「お客様」
「ダメですか?確か、公共機関が発行する身分証なら良かったと思います」
「大丈夫ですが、これもプロフィールに記載されますがよろしいのですか?」
「えぇお願いします」
受付は渡された銃携帯許可書を機械に読み込ませた。
公的機関が発行する身分証の99%を判断できる機械で、偽装や他人名義、期限切れなどの確認が行われる。
六条晴海が提示した銃携帯許可書は珍しい物ではないが、身分証として提示する事は少ない。
自分を危険人物だと印象づけてしまうからだ。この国に銃が入ってきて1000年近く経過しているが銃は一般的にはなっていない。そのために、銃を持つのは軍か治安維持部隊か警察官か・・・。それでなければ、悪い事を専門に扱っている連中だけだ。
そして、使える銃の種類の確認して・・・。再度、受付は絶句する。
ほぼすべての銃の携帯許可がされているのだ。許可されていなかったのが、マシンガンだけだが・・・。個人でマシンガンを持つ事は不可能なので、個人で所有できる銃に関しては、火縄銃からアサルトライフルまで全部の所持が認められている事になる。
(どういうこと?)
受付は、このまま六条晴海に奴隷市場への入場許可を出していいのか迷っていた。
「どうかしましたか?」
「いえ、なんでもありません」
受付には、自分の思いや考えで入場を拒否できる権限は持っていない。
六条晴海のチェックは一つを残されているだけだ。
「お客様。最終確認にはあと数分かかります。その間に奴隷市場の説明を行いますがどうしますか?」
「お願いします」
六条晴海が、素直に説明を聞くと言ったので、受付は少しだけホッとした。
まずは、入場料の説明から行う。
入場料は、50万円だ。これが払えないような人には奴隷を持つ資格さえもない。ただ、この50万円は入札を行えば帰ってくる仕組みになっている。そして、奴隷の最低入札額は50万以上と決められている。
簡単に言えば、50万円は奴隷の購入費用として当てられる事になる。
入札額に足りなかった分を奴隷と引き換えに払う事になっているのだ。
「ここまでの説明でなにかご質問はありますか?」
「そうですね。50万円は現金ですか?引き落としですか?」
「どちらでも可能です。クレジットでも構いませんし、政府発行のポイントで支払いを行っても大丈夫です」
「わかりました。それでしたら、引き落としでお願いします」
「かしこまりました。最終確認が終わりましたら、引き落とさせていただきます」
「わかりました」
次は注意点の説明になる。
紙面にもなっているので、受付は六条晴海に紙面を渡して説明する。
注意点
1)開封は、奴隷番号の若い順に行われます。
2)奴隷法に、基づいて複数入札時には、先に決められた方を優先します。
3)一括で払うのか、月々払うのかを明確に記入してください。
4)法定期間に、所定の奴隷市場に奴隷と面談に訪れてください。
5)奴隷の払い戻しは、奴隷法で禁止されています。
6)奴隷税は、落札金額の25%となっています。落札価格に、25%を付与した金額をお支払いいただきます。
入札時の注意点
1)入札は、万単位での入札です。 最低入札額は50万円です。
2)奴隷が認めている事以外の接触を固く禁じます。
3)条件は明確にしてください。落札後に、当協会立ち会いのもと契約書が取り交わされます。
4)契約に至らない場合には、手数料の支払いが発生いたします。
細かい説明もあるのだが、大きく分ければこの10個が注意点となる。
”ピィー”
最終確認を行っていた機械が、正常終了して問題がなかった事を知らせる音がなった。
受付は、最終確認の条件を、六条晴海のプロフィールに書き込むために機械に映し出された数字を確認した。
預金残高:約7、900億円
定期収入:5,500万円
ズラズラと資産内容が書かれていた。
六条家の財産をすべて晴海が引き継いだ形になっているのだ。マンションやビルも持っている。
受付は慌てて情報を書き示す。
そして、最初に提示された条件を見直した。
”遺産相続あり”にチェックが入れられている。奴隷に遺産を渡す主人は多い。
受付も、何度もこの受付に立っているが、これだけの資産を持った人間は初めてだ。
「なにか問題はありましたか?」
受付は、六条晴海からの問いかけで思考を仕事モードに切り替えた。
「いえ、大丈夫です。お客様、仮面はなさいますか?」
「仮面ですか?」
「はい」
受付は、仮面の説明を行う。
奴隷の人権を守るためという建前があるので、買っていく主人のプライバシーを保護されるべきだというちょっと理由がわからない理由だが、開場した部屋にはいるときには、顔を隠す事が推奨されている。
主人同士が街で偶然に会った時に、連れているのが奴隷だとわからないようにするためだと言われている。
実際は、もっと違う意図があるのは受付なら教えられているが、参加者に教える必要が無いことなので、説明はしていない。
「わかりました。仮面をつけます」
「ありがとうございます。これが入場許可証と名札です」
「名札?」
受付が持っている物を見ると、チップが一個だけ内蔵されている事が解るだけの物で、名前が直接書かれているわけではない。
「はい。入札する時に、この名札を読み込ませる事で、あなたの情報が入札条件とリンクされます」
「そうなのですね」
「はい。入札は、奴隷によって条件や求める事が違いますので、入札用紙は奴隷の部屋に用意されています」
「わかりました」
受付の作業は、残り一つだけ。
六条晴海に、入場許可証を渡して、仮面を渡して、最後に奴隷契約に関する書類一式を渡すだけだ。
六条晴海は、受付からの注意点を素直に聞いて、書類一式を受け取ってから、仮面をつけた。
少し気恥ずかしい気持ちになったが、待機場所に移動する事にした。
六条晴海は、開場するまでの時間でもう一度奴隷契約に関して読み込んでおく事にした。
奴隷制度は、結婚制度よりも成約が細かく決められている。
成人した男女が自ら奴隷になる事を宣言する。奴隷の解放は、主人から行う場合と、主人が死亡した場合と、契約した内容と違った場合に、奴隷から解放される。細かい規約は、あるが大まかにこの3通りだ。
そして、奴隷になる事のデメリットは奴隷本人が被る事になる。主人側もノーリスクというわけではない。
主人は、契約内容を一方的に破棄したり、改変したりする事ができない。契約内容を不履行した場合には、最悪死刑まである。
六条晴海は、入場口の近くにあるソファーに座って書類を読んでいた。
「おい。お前!お前は初めてだな」
どう見てもカタギではありませんと言っているような輩が5名、六条晴海を取り囲むようにして立っている。
周りの人間たちは、この状況になる事がわかっていたので、最初から六条晴海から離れていた。
「私ですか?」
六条晴海は、読んでいた書類から目を話して、正面で仁王立ちしている男に聞き返す。
名札もつけている。同じ様な仮面もしているので、入札者で間違いないだろうと思った。
「そうだ。お前だ」
中央の男以外の4名からくぐもった笑い声が聞こえてくる。
「何か?」
「初めてか?と、聞いている!」
「はいそうです」
「そうか、それじゃぁ覚えておけ。入札するときに、名札に赤い印が付いている奴隷には入札するな」
六条晴海は、これでピンときた。
裏稼業の人たちが誰かと取引して落札するのが決まっている奴隷が居るという事実まで思考が飛んでいた。
「解りました。絶対に、入札しません」
「男も女もだぞ」
「わかりました」
「入札したらどうなるか解るだろう?」
古い脅しだと、六条晴海は感じたが、指摘してもしょうがない事もわかっていた。
黙って頷いて終わりにする事にした。
それから、30分後に一旦待機場所が暗くなった。
入り口に執事風の服装をした男性が1人マイクを持って立っている。スポットライトを浴びているので目立っている。
”本日の入札希望の奴隷は、23名。男性が11名/女性が11名/不明が1名”と説明された。
不明というのは、奴隷が自分の性別を公にしたくないという意思表示だ。
入札希望者は、100名前後だと思われる。単純に考えると、倍率は5倍という事になる。
六条晴海は、この時点で今回の落札は諦めた。
そもそも、積極的に奴隷が欲しいと思ったわけじゃない。ただ、裏切らない。絶対に、自分を裏切らない仲間が欲しかっただけなのだ。
司会が壇上から、最終確認を行う。
『お集まりの皆さん。今から奴隷市場を開催します。それぞれの部屋に奴隷が固定されています。ご確認と入札をお願い致します』
『お一人ごとに、部屋に滞在できる時間は30分迄となっています。各部屋は常時監視と録画を行っております』
『禁則事項をお破りになった場合には、どんな方でも厳正に処罰いたします』
『奴隷は、商品ですが、国際法で守られた人権があります』
司会は暗くて見えないだろうが、入札希望者を全員確認するように眺めて、大きく息を吸い込んで宣言をした。
『それでは、奴隷市場開場です』
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