肩に小鳥が留まったら

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 先ほどまで、僕は電車に乗っていた。校外学習の帰りで、たまたま同じ電車になって、彼女の隣に座っていた。一日中歩き回ったせいで僕も彼女もクタクタで、終点までの二十七分間が長くて長くてしょうがなかった。話題も、気力も尽きそうだった。  あと五駅ほどのところで、僕らは黙った。ただぼうっと、窓の外を通り過ぎるビルと斜陽を眺めながら、僕は「どさくさに紛れて、彼女の写真を撮っておけばよかった」なんて悔いていた。ちらりと彼女を盗み見ると、元々細い眼をもっと線にして、眠たそうに正面を向いていた。  そう。あと四駅というところだった。左肩に僅かな重みを感じたのは。  何が起きたか分からなかった。そんな、漫画みたいな経験をするなんて、誰が想像できただろう? 僕の左側に座っているのは、彼女だけ。一番端の、ドアの真横の座席に彼女。その隣に僕。隙間。隙間。親子。隙間。  安直な表現のようだけど、確かに時が止まった。息も止まったし、心臓もたぶん、止まった。  左下には彼女の髪が見えた。少しだけ甘い匂いがして、それを理解してから急速に僕の全てが作動した。汗腺、動脈、瞳孔。  彼女が、僕に凭れ掛かって眠っている! あの、つれなくて冷たくて素っ気無い彼女が、僕に!  見たい。ちゃんと見て、脳裏に焼き付けたい。そんな思いに一瞬支配されそうになったけど、ギリギリのところで踏みとどまった。いま少しでも動いたら、彼女は起きてしまうかもしれない。どうせ十分も経たずに終点に着く。それまで休ませてあげよう。別に、この時間が一秒でも長く続けばいいとか、そういうことが理由じゃない。決して、そうじゃない。  それから僕は、彼女の安らぎを守る為の騎士となった。真っ直ぐに前を向いて、リュックの中も探らず、前髪を弄りもせず、一定のテンポで静かに呼吸を繰り返した。車内に入り込むゴールデンイエローが、吊り下げ広告をテカテカに反射させて、文字を光色で掻き消していた。音も不思議と遠くなって、世界に二人きりだと錯覚してしまいそうだった。
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