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幸せな時間はあっという間に過ぎて、電光板に終点の文字が浮かび、アナウンスが「ご乗車ありがとうございました」と丁寧なお礼の言葉を告げる。あと一分もせずに、電車はホームへと入ってゆくだろう。そろそろ、彼女を起こした方が良いだろうか。いや、終点だし、着いてから起こしても大丈夫かな。決心がつかず、背筋を伸ばしたまま一人で百面相をしていると、急に肩が軽くなり、その拍子に再び甘さが漂う。
「お、起きた?」
思わず声が裏返ってしまったが、目を擦る彼女はまだ寝ぼけているのか、返事が無い。
「次、終点だよ」
とりあえず、それだけは伝えようと声を掛ける。
すると彼女は、まるで『1+2=3』であるかのように、さも当然といった風に。
「知ってる」
はっきりとそう言った。
ゆっくりと電車が停止する。ドアが開き、彼女が鞄を持って立ち上がる。慌てて僕もリュックを背負うと彼女に続いた。
「じゃ、私、あっちだから」
普段と変わらない調子で、彼女はあっさりと去ってゆく。僕は彼女の後姿を見つめながら、何も言えずに立ち尽くした。
そう、そうなのだ。
彼女が起きた時には、終点のアナウンスは流れてなかった筈なのだ。
なのに。
「起きてたの?」
やっと探り当てた答えが、大きな声になって僕の口から飛び出した。
頬が火照って堪らない。
一人きりのホームで、僕はへなへなとしゃがみ込む。
熱はしばらく引きそうになかった。
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