隣の部屋の戸成さん

盗聴１日目

盗聴一日目

18:34

　仕事から帰宅して、手を洗うまでのルーティーンワークを手短に終え、自分はいそいそと、隣と一番近い壁に耳を近づけた。
　戸成さんはもう部屋にいるらしい。壁が薄いのか、音が聞こえる。
　耳に流れる血液の音、その奥に聞こえる音に集中した。

カチッ　カチッ　カチッ　カチッ
……○○市…遺体が発見され…事件……警察の捜索が……

　うん。聞こえる。はっきりとは聞こえないのは残念だが、断片的に聞こえるだけで今は満足しておこう。

　一秒ごとに聞こえる、カチッという音はおそらく時計だろう。さすがに、壁を通しての状態じゃ、メーカーまではわからない。

　そして、テレビを見ているのか、アナウンサーが原稿を朗読していると思われる話し声がする。
　何の番組だろうと、チャンネルを変えて確かめた。
　この滑らかな声質には聞き覚えがある。こういう声が好きな局はきっとNHKだ。

　そうあたりをつけて自分のテレビのチャンネルを変えていたら、番組がわかった。やっぱりNHKのニュース番組だった。隣と自分の部屋のテレビの音が、一致する。壁を通すから、聞こえ方は少し変わるけど。

……首相はアメリカの大統領と……

　ニュース自体に興味はないのですぐにテレビを消した。

　戸成さんは、この時間はNHKのニュースを見ていた、というわけだ。これが習慣なのか、たまたまなのかはわからない。
　今のところ特に気になる音はない。聞きなれた音ばかりだ。つまらないなぁ。

　私は夕飯作りに取りかかることにした。また、やること終わったら聞いてみよう。
　確か、 ヘルパーさんが、昼の間になすの味噌煮を作ったと言っていたな。冷蔵庫の中から、手探りでタッパーを取り出した。冷蔵庫をあけるときの、冷気が漏れないよう密封していたゴムが外れる音がする。私は、この冷蔵庫をあける音も好きだ。

　蓋をあけ、レンジで温める。
　チン、というレンジのお知らせ音もメーカーによって若干の違いがある。このレンジは、家電量販店の店員さんに無理を言って、たくさんのレンジをチンと鳴らしてもらってから選んだ一品だ。ベルの高さ、音質、響き方、すべてにおいてこだわり抜いた私の中で最高のベル音を持つレンジだ。