私は重度の音フェチ

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私は重度の音フェチ

 あなたは、音が好きか?  間違えないでほしいのは、「音楽」じゃない。「音」そのものだ。  音の中に音楽は包摂されるわけではあるが音が好きと音楽が好きはだいぶ違う。  要するに、雨の音、踏切の音、選挙カーの演説、黒板をひっかく音、心地よい音から不快な音まで、ありとあらゆる音を聞くことに楽しさを感じることができるかと問いかけている。  私は音が好きだ。音そのものを愛している。  音のなかで生きている私には、音が自分の世界のすべてに等しい。  要するに、私は音フェチなのだ。  そんな私が特に好きな音は、人間の生活音だ。  人が動くたびにする音を聞きながら、どんな生活をしているのか、その人の人となりを考えていくのが楽しい。  そこで、私はよく、隣の部屋の住人が出す音を聞いてその人のことを考えては楽しんでいる。はっきり言ってしまえば、隣の部屋を盗聞している。  これはもう趣味と言ってもいい。  最近引っ越してきたマンションの、隣の部屋に入居している人は戸成さんというらしい。  直接会ったことはないが、入居するとき、大家さんに、トナリという名字を教えてもらった。漢字まではわからなかったので、適当に当て字をして勝手に呼んでいる。  人が変われば、行動もかわる。行動がかわれば、音もかわる。  隣人の数だけ、音の数があるのだ。  これだから、引っ越しはやめられない。たとえ慣れてない場所への引っ越しが危険だとしても、ずっと同じ場所にいたら、同じ音しか聞けなくなるではないか。  私はスマホを起動して、suriを呼び出し音声メモを起動した。優秀なAIのsuriは、私が頼んだらスマホで何でもやってくれる。  いつでも今日の音、今日の想像を振り返ることができるよう、日記をつけておこうと思う。  これは、音から考える、隣の戸成さんの観察日記だ。
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