【二章】最初で最期

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 日取(ひとり)其月(きつき)とはとある男の名前です。  身も蓋もないことを言えば僕が其月(きつき)の生前に出会うことは終ぞなかったので結局何か其月(きつき)について知ることはなく、また、残念ながら其月(きつき)について知っていることも無かったので「日取(ひとり)其月(きつき)」という一個人について語れることは又聞き程度の知識しかないのですが。  しかし僕が出くわした日取(ひとり)其月(きつき)の死体と言う名の「物」についてならば幾らか詳しく話せると思います。  その其月(きつき)が死んでいたのは――というか僕が其月(きつき)の死体を発見したのは、霜楓館と霞桜館の二棟で構成される「モールICHINOSE古都(こと)不知川(しらずがわ)店」の霞桜館の二階でした。  霞桜館は不知川(しらずがわ)モールにあった二つの館のうちどちらかと言えばメインとなる方で、入っているテナントの種類も多く、敷地面積自体も霜楓館と比べれば幾分か広いんですよね。  だから霞桜館の二階と言っても結構範囲は広いんですが、其月(きつき)の死体が有ったのは霜楓館と霞桜館を繋ぐ空中回廊からまっすぐ進んで少ししたところでした。  丁度そこは利用客に開放感を与えることで滞在時間を伸ばすとかそんな理由で海外の刑務所みたいに一階から三階までぶち抜く吹き抜けがあったんですけど、其月(きつき)が死んでいたのはその吹き抜けのすぐ側です。  確か、その吹き抜けの内側に設置されてるエスカレーター降りて左手すぐ、だったかな?   ああ、そうそう、不知川(しらずがわ)モール二階にあった無地至良店の目の前です。  無地至良店の目の前と言っても店頭で死んでいたわけではなく、無地至良店の向かい側、吹き抜け側にちょっとしたイベントコーナーみたいな場所があったんですが、血溜まりが出来ていた場所はそこでした。  そこはそう広いスペースというわけではないですが、僕が中三の時にふらっと前を通ったら民芸品の販売か何かをしていたのを朧げながら覚えています。  その場所は子供向けの遊戯スペースになっていたり、ちょっとしたパソコン教室なんかを開催していたこともあるらしく――つまり一角だと言っても、上級生の圧力に屈した小学校の低学年がグラウンドの片隅でやるドッジボールコートくらいの大きさはありました。  子供たちが十人単位で収まるには少し手狭なスペースですが、しかしポツンと死体を一つ置くには大き過ぎるくらいでしょう。
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