【三章】天童太陽

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              ◇ 「えっと、天道(てんどう)太陽(たいよう)さんでしたっけ?」 「ああ、そうだよ。天道虫に太陽(たいよう)天道(てんどう)太陽(たいよう)だ」 「ふうんまあ、それ以外の天道(てんどう)太陽(たいよう)も僕はあまり思いつきませんけどね、いや天童があるか――けど、えっと、初対面で無礼を承知で不躾な質問しますけど――ご職業はホストかなにかで?」 「ははっ、いきなり手厳しいな。別に俺自身ホストという職業を下に見ているわけじゃないが、『どうしてホストになろうと思ったんですか?』なんて聞けば世間的に許されない程度には社会的地位の低い職業だろうに。君は俺のどこを見たらホストに見えるっていうんだい?」 「どこって、服装ですけど。そんな趣味の悪い白スーツとか着てるのなんてホストかヤーさんくらいでしょ」 「それは君の見識が狭いだけだな。白スーツというものは浮世離れした人間の戦闘服なんだぜ? 白いビジネススーツというものは非日常を纏う男の一張羅だと言ってもいいだろうな」 「へえ、非日常を纏う――ですか。非日常をほにゃららとか言ってるというか、言わされてる僕が言うのもあれですけど、それじゃあ僕の認識間違ってねーじゃねーか」 「そう言われるとそうかもしれないが――外れてなくとも、間違ってない訳でもないよ。少なくともホストとヤクザ以外しかこの世には反世俗的な職業がないというわけじゃないだろう?」 「反世俗的……白スーツ……ああ! なるほろほろ。つまりあなたはお笑い芸人ですか!」 「いや、小説家だな」 「通りでお笑――え? あ、小説家?」 「ああ、俺は小説家なんだよ。俺はこの世に現存する文字をある一定の法則に並び替えてそれを読んでもらうことを生業にしているんだよ。小説家に漫画家と言えば普段着どころか喪服ですらも白スーツ、ってのは出版業界じゃあ一般常識なんだぜ?」 「僕、その業界知らないけど絶対そんなことないと思う」 「まあなんでもいいけどな。自分が絶対的に正しいと思ってるお子様に一々反論することなんて大人のすることじゃあないんだから」 「その言葉そっくりそのまま――ってのは置いておいても。ふうん、なるほろ太陽(たいよう)さんは小説家なんですか……あの失礼ながら、っていうか多分こんなこと聞くのって本当に失礼だと思うんですけど、有名な方だったりします?」 「ふっ、本当に失礼だな。ま、よく聞かれる質問ではあるけどな。奴ら、有名税じゃあないが反世俗的な奴にはプライバシーがないと本気で信じているらしいし――そうだな、どれくらい有名かは自分でもわからないし知らないし、例え知ってたとしても言語化できるような物じゃないと思うが――うん。少なくともここ数年は小説一本で明日のご飯の心配はしてない、ってとこかな」
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