【一章】首切り死体を見て疑うべきなのは犯人の良識でしょうに

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 目的は首切りではなく自らの犯行がばれないように死体と入れ替わる……それだけの話なんですから。  アリバイ構築、時間差トリック、密室殺人に消えた凶器、エトセトラエトセトラ。  こんな具合に何も入れ替わりトリックだけが完全犯罪の第一歩というわけじゃありません、むしろ実行のリスクが高い方でしょうし、そう言った観点から見ても愚策もいいところです。  どうしても誰かと入れ替わって犯行を成し遂げたいならば双子の入れ替わりトリックとかも有りますしね。  双子の兄が犯行している最中に双子の弟がアリバイを作るとかそういう奴。  それは得てしてミステリーの御法度として語られることが多いですけれど――しかし首切り死体を使った入れ替わりトリックと比べれば、仮にミステリーとして失格の烙印を押されたとしても人間的には幾分か真っ当だと思いますよ。  少なくとも僕は入れ替わりトリックが使いたいからと死体の首を切り落とす奴よりはよっぽどそっちの方が人間然としていると思いますね。  だって、高々自らの無罪を演出する為だけに人間を殺した後、死体の首を切り落とすなんて悪辣卑劣な人間が居るとするならば、それはもう殺人犯じゃなく殺人鬼の所業ですから。  そんなことするのは鬼と名のつく修羅――悪鬼羅刹、天魔波旬の異類異形な輩だけです。  僕はそんなものを人間とは到底呼ばない。  普通に考えればそうなんですよ。  首を切るという行為は、成る程、人を「殺す」のに十分なのかもしれないですけれど、しかし「人間は首を切らなきゃ死なない」訳じゃないんですから。  人は普通に死ぬ――こんなことは誰でも知ってることなんです、首切りだなんてそんな異常に死ぬこと自体がよっぽど異常事態なんですよ。  首というものは土台人を殺すのに切っても切らなくてもいいんですよ、別に人間って首が繋がっていれば心臓が潰されても生きているような超生物じゃありませんし。  だから首切りは人死にと切っても切れない関係だとはやはり言えないでしょう。  それに付け加えて言うならば、人体における首という部位はそう易々と切り落とせるような代物でも無いですしね。  だって、首切り殺人ってこの世に現存するありとあらゆる殺人方法を難易度順に並べてランキングするならば、まず間違いなく難易度星五に入る神業ですよ。  それは心理的な話を抜きにして、技術だけの話です。  あなたも一人暮らししていれば肉くらいは切ったことあると思いますが、分厚いブロック肉を相手にすればどれ程までに切れ味鋭い牛刀を握っていたとしても、素人には容易に調理できないことくらいは容易に想像がつくと思います。  況してや、相手は食用の柔らかい肉ではなく筋張っていて、真ん中には太い骨も通っている。  尚且つ生前ならばまな板の鯉ならぬまな板の人体というわけにはいかないんですから、固定もされていない空中で首を断ち切るだなんてチェーンソーでも使わなければどう考えたって不可能でしょう。  そりゃ、もちろん、周囲に惨劇を起こす事も厭わず、「首切り死体」を作り出す――無理くり首と胴体を切り離すこと自体は可能だとは思います。  やりようによってはもしかすると特殊な道具を駆使し、綺麗に出来るのかもしれません。  けれど、やはり相手に死んだことすら気づかせぬ刀の一閃! なんてのはただのファンタジーですよ。  アニメや漫画みたいに本当にそれが出来るのならばカッコ良いんでしょうけれど、そんなことが出来たのは中世だとかに実在したという処刑を生業にしてる血塗られた一族だけでしょうね。  ――と、僕が何を言いたいかと言えば、つまり首切り死体というものは首切り殺人によって生じるものじゃあ無いんです。  首を切ったら確かに人間は死ぬんでしょうけど、首を切って人間を殺せる奴なんて実はそんなに居ないんですから。  だから、首切り死体とは殺した後、死体の首を切って始めて出来る――そんな人間の悪意の澱から生じる物なんですよ。
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