【一章】首切り死体を見て疑うべきなのは犯人の良識でしょうに

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「てっきりそう言う趣味なのかと思っていたぜ」? ……ま、確かに職業柄、というか性質柄「密室殺人」に触れることも多かったですし、首切り死体と違ってその度に拒否反応は見せてませんでしたけど。  好きなことを仕事にするってただの地獄でしょうし、逆にそれが仕事じみてるからと言って好きだとということにはならないと思いますが。  いや、しかし言ってませんでしたか――これにそんな取り立てて深い理由があるわけではないんですけどね。 「首切り殺人」が嫌いだとすれば、「密室殺人」は気持ち悪いって感じです。  嫌いな人と受け付けない人は少し違うとかそんな感じ?   それが何故かと言えば……いや、本当に大した理由じゃないんですが――だって密室殺人なんてこの世に存在しないじゃないですか。  密室殺人なんて「非実在系ヒロイン」ならぬ「非実在系事件」でしょう?   だって、古今東西難易問わずひとまとめに、乱暴に掃いて捨てるように言ってしまえばこの世の全ての「密室殺人」とはつまり「密室に見せかけた殺人」でしかないんですから。  人々の思惑が交差する心理的な密室も、数々の偶然が折り重なって生じた刹那的な密室も、虫一匹どころか確率の揺らぎも因果律すらも入り込む隙間もない完全な密室も――密室殺人事件に関わる密室というもの全てです。  正しさを求めるならば、それらは「密室」とは名ばかりで、実のところは「密室のように見える部屋」に過ぎないんですよ。  じゃなきゃ犯人が入れないんですから。  ……なんだかさっきから身も蓋もないことばっかり言ってますね。  誰も言えない真実を言っちゃう俺カッケーと思い込んでる子みたいになっちゃってる。  けどまあ、「事件当時この部屋は密室だったということだ!」とされた部屋は得てして「つまり事件当時この部屋は密室じゃなかったんだ!」となり、「被害者は密室の中で殺されたのだ!」という事件はよく「つまり人まり被害者は密室で殺されたわけではなかったのだ!」と結ばれることはやっぱり限りなく真実に近いと思います。  推理小説では時たま本当に被害者以外出入り不可能な部屋で人が死んでいた――なんて事件が出てくることがありますが、それは単に事故か自殺ですよ。 「事故事件」や「自殺事件」なんて珍妙な言葉が存在しない以上――何より第三者に殺された人間が居ない以上、それを「密室殺人事件」とは形容しませんし、被害者を本当に被害者と呼称していいのかすら怪しい。 「密室殺人」は時に「不可能殺人」なんて称されますが、可能になったところで「密室殺人」は「密室殺人」じゃなくなるんです。  人間に誰かを密室で殺すなんてことは不可能なんですよ、本当の「密室」では。  出来ることと言えば精々己を殺すことくらいですが、それが密室でしか出来ないならば電車は遅れたりしませんしね。  だから有史以来「密室」で殺された人間なんて居ませんよ――だから僕は「密室殺人事件」は嫌いなんです。  いや、嫌いというか気持ち悪い――恐怖するとかの方が正しいですか。  ひょっとするとそれは幽霊が怖いとか、死を恐れるとか未確認の事象を人間は本人的に恐れるとかそういう話なのかも知れませんね。 「ふーん、なかなか面白い解釈ではあるよな。  それでそろそろ本題に入りたいんけど」――っておい、最後のも聞けよ。  大体本題は最初から入ってますからね、遠回りはしてますけど、いや、「は?」じゃなくて。  とりあえず聞け。  ぶっちゃけると、別に「密室殺人」にそこまで思い入れなんてなく、語ることもなかったのに。  僕が本当に話したかった、と言うか前置きたかったのは「名探偵の謎解き」なんですよ、なのに勝手に段取り破壊しないでください。  僕アドリブに弱いんですから、もうこっから茶々入れるの禁止な。  はい、じゃあやりますよ、さんはい。
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