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かなわない。
「・・・ねえ、私の話聞いてますか?」
「うん、聞いてる聞いてる」
そう答える彼の視線の先は、手元の携帯端末機器。
画面には可愛らしい女の子のキャラクターが映し出されていて、大きな剣を持って敵であろうキャラクターを倒している。
「よっしゃクリア!でもラスボスにはまだ遠いな~」
嬉しそうに呟きながら鼻唄なんか歌っちゃっている彼は、一応、私の彼氏。
大学生の私と社会人の彼が出会ったのは、友だち主催の食事会。
その時にはまさか目の前の彼と恋人同士になるなんて思ってもいなかった。
それに――
「ああクッソ!ミスった」
容姿端麗、甘い笑顔で参加した女の子たちの視線を独り占めしていた彼が、まさか重度のゲームオタクだとは、思ってもいなかったのだ。
彼と付き合い始めてからもう直ぐ1年が経つ。
付き合う前から彼が何よりゲームを愛していることだって聞かされていて、それを承知でお付き合いを始めたわけだけど。
「・・・私のことも、構ってくださいよ。ばか」
ゲームに夢中の彼には聞こえないことなんて分かっているけれど、それでも胸の中で燻るこの気持ちを吐き出したくて、小さな声で呟く。
彼の仕事が忙しく中々会えない日が続いていて、今日は久しぶりにお互いの予定が合った休日。
――今日会えるのをすごく楽しみにしていたのに。
・・・もう、このまま帰ってしまおうか。
彼に背を向けて俯けば、後ろから温かいぬくもりに包まれる。
バニラみたいに甘くて、安心する香り。
「はあ、やっと言ってくれた」
ちらりと視線を送れば、背後から私を抱きしめるのは今までゲームに夢中だった彼。
「俺がゲームしてても、仕事で会えないってなった時も、奈月ちゃん文句の1つも言わないからさ。俺ばっかり好きなんじゃないかってずっと不安だったんだ」
意地悪しちゃってごめんね。
そう口にする彼の表情は、明らかに緩められている。
「・・・本当に反省してますか?口元緩んでますけど」
「してるよ。ただ拗ねてる奈月ちゃんが想像以上に可愛かったからさ」
はあ、俺の彼女が世界一可愛い。
私の肩に頭をぐりぐりと擦りつけながらそんなことを言う、この年上のくせに子どもみたいな彼氏様に、私はいつも翻弄されてしまうのだ。
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