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数ヶ月の後。 残暑の厳しい、夏の終わりのことだった。 毎日のように晴天が続き、夕立が降ってもわずかの間。 山姥が使っていた沢の水量も減り、生活するのがやっとの水しか汲んで来られなくなった。 喉が、渇いた。 あの春の日以来、山姥は鏡を見なくなった。 毎日していた髪と肌の手入れもやめた。 その姿は、2年前にあの男と出会った時と全く同じに戻っていた。 「---魔法、というものだったのかのう」 人間の話で伝え聞いたことがある。 女は恋をすると、見違えるほど美しくなるのだと。 「ワシも、恋をしたから美しくなったのか。しかし、人間の娘と幸せに過ごす奴の姿を見て力を失ったのだろうな」 だから、己の姿は元に戻った。 醜い山の妖に戻って終わった。 「……もう一度、最後に奴の姿を見たいのう」 もう、どうせ叶わぬ夢だ。 だが、最後に思い出を作っておいても良いかもしれない。 しばらく前から、身体が上手く動かなくなっていた。 「人間より遥かに長い命を持つ身だが、急激に若返ったことにより、負担がかかったのかもしれないの」 ……短い夢だった。 そして、この場所は彼に知られている。 何故なのだろうか。 会った時と変わらないはずの、老いた姿を彼に見られると考えると。 それだけは嫌だ、と恐れるようになった。 「……動けるうちに、静かに眠った方が良いのではないだろうか」 男のことが、好きだった。 叶わぬ恋だと知れた今、醜く戻った姿を再び見られるのはどうしても嫌だった。 「一度、仮初めの若さと美しさを得て、欲が出たかのう」 喉が、渇いた。 やけに喉が、渇いて渇いて。 好きなだけ水を飲みたいと思い始めた。 山姥はあの日以来、箪笥の中で大切にしまっておいた手鏡を取り出して懐に入れる。 そしてもはや戻ってくることはないであろう、己の生涯を過ごした山小屋を出た。
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