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<13>
……………。
「………!!! ………!!!」
誰だ。
わたしの耳元で騒いでおるのは。
「………!!! ………!!!」
何をそんなに必死に叫んでいるんだろう。
「山神様!!!」
はっと目を見開く。
空を仰ぐ自分の横に、誰か人がいる。
ゆっくりと明るさを取り戻していく視界。
---必死に自分に呼びかけていたのは、かの想い人当人であった。
「……お主、は……」
人の身ではないせいか、飲んだ水を吐き出して咳きこむようなことはなかった。
己の身は妖。
己で己の存在を消すことに決めたのだから、そのまま消えるはずだったのだろう。
ただ、死に場所を想い人のいたところに決めたというだけのこと。
「どうして……」
「よかった……間に合った」
理由を問う前に、突然抱き締められてしまった。
自分は勿論、男の身体もずぶ濡れであった。
まだ夏の装いで薄着ではあるが、まさかそのまま飛び込んだのだろうか。
湖に身を投げた自分を追って?
がっしりとした腕がわたしを囲って、それなのに微かに震えている。
「助かって、よかった……間に合って…本当に」
「---何故、お主がここに」
入水した自分を助けに来たのか?
そもそも、なぜこの男がここにいるのだ。
あまりの驚きに頭が付いて行かず、呆然と震え声の男に問いかけてみると。
「---どうしてはこちらのセリフですよ! いくら貴女が山神様とて、湖に沈んだらどうなるかわかりますよね? なんで、こんなことを……ッ 。なんで、こんな、ことをッッッ」
ぽたぽたと、滴る雫は湖で濡れたせいなのか。
……それならなぜ、肩に染み込んでくる「これ」はじんわりと肌に温かいのか。
「お主……。泣いて、いるのか」
ーーーその温もりこそが、己の求めていたもので。
それは冷え切った心を包む、眩い光のようで。
小さな光は段々と強さを増し、彼女の冷たい身体に広がっていく。
それが全身を包み込んだ時、心の水底に沈んでいた想いは湖面にゆっくりと姿を現わす。
じわりと浮き上がった温もりは、紛れもなく己の瞳に。
---山姥は、生まれてから二度目の、大粒の涙を流した。
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