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「……僕は、貴女に嘘をつきました」 「嘘……だと?」 湖のほとり、風通しの良い木の下の岩陰に二人はいた。 腰を下ろすのにちょうど良い岩を見つけ、そこで濡れた服や髪を乾かしながら、2年ぶりに人間の男と妖の女は言葉を交わす。 「カメラマンと名乗りましたよね。あれは嘘なんです。僕はただの山好きで、鳥の写真を撮るのが趣味なだけの人間なんです」 「………なぜそんな嘘をついた」 「ここは山神様の居られる神聖な山だと知っていて入った。失礼ながら、そんな言い伝えは信じていなかったから。でも本当に貴女に出会ってしまって、咎められるのが怖かったのです」 「……わたしに食い殺されると思ったわけか?」 自嘲気味に呟くと、男は歳に似合わないきょとんとした表情を見せた。 「食い殺される? まさか! じゃあ何でわざわざ死にかけていたのを助けてくださったんです」 「…………」 男の言う通りだった。 食い殺すつもりなら、そもそも助けるわけがないではないか。 「それよりも。死にかけた人間を助けてくださった優しい神様だからこそ、もう二度とここへは入るなと言われると思った。ここは山神様の住まう聖域にして危険な山でもあるから、来てはならぬと言われるのが怖かったのです」 だから、ここで貴重な鳥の写真を撮ることを生業にしていると嘘をついた。 写真を撮れなくなっては、仕事を失ってしまう。 そう言えば、またここに来ることを許してもらえるのではないかと。 「……それで、またここに来ていたというのか」 「幾度か。この湖畔で、貴女のお姿を見た気がしました」 心臓が跳ね上がる。 びくりと身体を強張らせて黙り込んだ山姥を、男はどう思ったのか。 「……冬に一度、白鳥の写真を撮りに来たことがありました」 男はそう言って湖の向こう岸を振り返る。 「その時にね、どこからか僕に雪玉が飛んできたんですよ。明らかに僕を狙って、ここから去れと言わんばかりに投げつけられる雪玉が」 あれは、貴女ですね。 そう問われて、頷く勇気は出なかった。 これ以上関りたくない。 否、関わってはならないのだ。 「わたしは知らぬ。樹上から落ちてくる雪と間違えたのであろう」 「いいえ、貴女です。木の間を走り抜けるお姿を一瞬だけ見ました。僕が貴女を見間違えるはずがないんです」 「わたしはそんなことはしておらん。何故そこまで断言できる」 「鈍い神様だなあ」 ほんの少しだけ離れて座っていた男は、困ったように柔らかく笑った。 「僕は貴女に会いにこの山に来ていました。 貴女を好きになったから、ずっとここに来ていたんです」 やっと、やっと、会えたんですよ。 ずぶ濡れの身体から、雫がポタポタと落ちていく。 目の前の男の瞳から流れ落ちた雫は、先程湖で濡れた故のものだったのか。 ーーーあるいは。
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