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「なぜ……。なぜ、わたしの姿が戻っている……?」 「戻っている、とは? 冬の日に僅かにお見かけした時は、もう今と同じお姿でしたよね。僕には貴女だとすぐ分かりましたよ。美しくなられたなと思い驚きましたが、会いたい気持ちが更に膨らみました。その後に何かあったのですか?」 「わたしは醜い山姥なのだぞ! お主に初めて会った時が、あれがわたしの、」 「繰り返しますが、お年を召した姿であったのは覚えています。でも、命を救ってくださった優しい神様に醜いなどと思いもしませんでしたが」 「わたしは……お前にあの鏡を貰ってから、ずっと美しくなりたいと思っていた。気まぐれに薬草や食物や、色々なものを変えたり使ってみたら、不思議なことに若返っていったのだ。鏡の中の自分が少しずつ変わっていくのを見て、わたしは嬉しかった」 「………」 「---美しくなれば、またお前と話ができるかもしれないと思った。怖がられなくても済むかもしれないと思った。けれどお前があの、従姉妹という女と一緒にいたところを見てから、自分が美しくても意味がないと思ったのだ。そうしたら、また。昔と同じ、醜い山姥の姿に戻ってしまった。はずなのに……どうして、また若返っているのだ……」 「なるほど。先程から、なぜ貴女がそこまでご自分を醜いとか老いたとか言われているのか分かりませんでしたが、そんなことがあったのですね」 もうお主に会えることもない。 ……そもそも想い人のある者に憧れ続けても、辛いだけだと思ったから。 「それで? だから死のうと思ったんですか。自らこの湖に身を投げたと言うんですか?」 「だって、それしか。わたしには、もう」 たとえ若返ったとて。 妖である自分の本性は、山姥。 「妖が、好いた人間と結ばれることはない。---この苦しみから逃れるすべは、もう他に無かったのだ」 長い沈黙の後。 男は、はあーっと長い長いため息をついた。 愛想を尽かされたと思った。 こんな面倒な妖に目をつけられて、いい迷惑だろう。 山姥は、己の瞳にじわりと涙が滲むのを感じた。 「………」 「迷惑をかけて悪かった。こんなことをしたら、他の山に住まう者たちを守れなくなってしまう」 一時の感情で、馬鹿なことをしたと思う。 「お前がわたしのことを優しいとか、醜くなんてないと思ってくれて嬉しい。でもわたしは山姥だ。たとえ一時若返ったとしても、それはわたしの勘違いなのだ」 「何が勘違いなんですか? 僕は貴女を好きになったと言いました。命を救ってくださった優しい神様に恋をしたんですよ。伝わってないんですか? そしてあなたは僕のために鏡を見て美しくなってくれた」 「それは……そうだが。これは、お主と……人間と結ばれたいなどいう、到底叶わぬ望みを持ってしまったわたしの儚い夢。だから、もう会わぬ。---最後にもう一度だけでも会えて、嬉しかった」 「なるほど。……だいぶ拗らせておられるのがよく判りました」 男は一度目を閉じると、座っていた岩からゆっくりと立ち上がった。 次の瞬間。 それはそれは見事な身のこなしで、迷うことなく男は湖の中に飛び込んだ。
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