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<2>
その山には、大昔から妖が住んでいた。
人里離れた、深くて暗い森。
それがいつの時代からか。近代になってからか。
人が妖の領域を、徐々に浸食してくるようになる。
人と妖で棲み分けられていた世界の壁が、曖昧になったのだ。
自然の世界に分け入り、古くは聖域とされて禁忌とされていた場所を訪れ、記憶、口伝、書誌、写真と、様々な形で記録をする。
「……これももう、時代の流れかのう」
深い山に流れる谷川のほとりで着物を洗濯していた老婆は、背後に物音を感じて振り返る。
何かが、崖上から滑落してくる音。
春の雪解け後、濡れて滑りやすくなっている山の斜面は、軽率に侵入して来た人間どもを簡単に谷底へと突き落とす。
「……また人間か。屍肉は食らいたくないのう」
---山姥は、人を殺して食う。
そんな昔話がまことしやかに語られていたのは数百年も前の話。
今、そんなことをすればすぐに人間どもに退治されてしまう。
だから山姥は、地の気が溢れる洞窟より生まれ出ててからずっと一人。
この山奥で、静かに暮らして来た。
野草を育て、川に網をかけ、森で罠をかけて兎を獲った。
稀に遭難した人間を見つけても、皆滑落の衝撃や寒さで凍え死んでおり、とても食べる気になどならなかった。
だが。
「うう……」
「……ッ?!」
ガラガラと落ちる石の音に振り向いて駆け寄ると。
一緒に落ちて来たのは、若い人間の男だった。
現代の、登山用の服なのだろう。遭難して落ちて来た人間どもによく似た格好をしている。
「………」
山姥はそろそろと近付くと。じっとその男の顔を見ていた。
そうして、ゆっくりと皺だらけで爪の伸びきった枯れ木のような腕を伸ばした。
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