2人が本棚に入れています
本棚に追加
<20>
さらさら。
さらさらさら。
打ち寄せる波は弱く、ひたひたと膝まで打ち寄せてはまた返していった。
湖のそば。
自分たちが先ほど飛び込んだ場所からはだいぶ離れた、砂の岸で目を覚ました。
「ここは……? いやっ、彼は」
すぐそばに倒れている男の姿に気がつく。
安堵したのは一瞬。
すぐに駆け寄ってその頬に触れる。
「---おい、大丈夫か!? 目を覚ませ!!!」
狼狽した言葉とは裏腹に、壊れ物を扱うようにその肩を揺する。
---頼む。
生きていてくれ。
「…………う」
山姥の想いが通じたのか。
彼は、ゆっくりと瞳を開けた。
「---あ、、、」
よかった。
よかった、生きていた。
本当に---
「…………山神様?」
「このッッッ、大馬鹿者ッッッが!!!」
横たわったままの彼に馬乗りになりそうになり、慌てて脇へ避けてから屈み込む。
至近距離でその瞳を覗き込んでいると、みるみるうちに視界がぼやけた。
「何故あのようなことをした! この湖には古来より水神が棲んでおるのじゃ! お前は、お前は、もう少しで死んでしまうところだったのじゃぞ!!!」
水神はあの時、確かに彼を殺そうとしていた。
「山神様」
「うるさいうるさい! お前は何も分かっていないのじゃ。妖の掟も山を守らねばならぬ役目も! だから、わたし、わたしは」
「---山神様!!!」
一声、そう叫んで。
ひたりと見据えられた両の瞳が、真っ直ぐに自分を見つめる。
驚くほど澄んだ、熱い想いを宿した目。
---わたしはこれまで、こんなに近くで、はっきりと誰かの瞳を見たことなどなかった。
「---信じてください」
彼は山姥の手を取って、己の左胸に当てた。
いささか早い鼓動が手のひらに伝わってくる。
ドクン、ドクン、ドクンと。
「わたしはちゃんと生きています。貴女のお役目がどれほど大事かも、分かっていないかもしれないけれど考えています。でも、恋ってそういうものじゃないんです」
「……………」
「好きになっちゃいけない相手だから好きにならないとか、そんな選択ができるわけじゃないんです。結ばれるかとかそういうことは分けて考えてください。でも、僕があなたを好きな気持ちだけは信じてください」
---そして。
握られた手をぐいと引き寄せられる。
「あなたがわたしを助けようとしてくれたのは、きっと僕と同じ気持ちだったからだって。そう思っても、いいんですよね?」
お互いに、またずぶ濡れで。
身体は冷えて、寒い。水の中で、夏でも凍えそうな邪気に遭ったから。
---なのに、抱き寄せられた腕の中は酷く広くて、温かくて。
滴り落ちる雫のいくつかが、やけに生温くて。
何かに気づいて、ハッと顔を上げた瞬間に。
………唇が塞がれた。
最初のコメントを投稿しよう!