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さらさら。 さらさらさら。 打ち寄せる波は弱く、ひたひたと膝まで打ち寄せてはまた返していった。 湖のそば。 自分たちが先ほど飛び込んだ場所からはだいぶ離れた、砂の岸で目を覚ました。 「ここは……? いやっ、彼は」 すぐそばに倒れている男の姿に気がつく。 安堵したのは一瞬。 すぐに駆け寄ってその頬に触れる。 「---おい、大丈夫か!? 目を覚ませ!!!」 狼狽した言葉とは裏腹に、壊れ物を扱うようにその肩を揺する。 ---頼む。 生きていてくれ。 「…………う」 山姥の想いが通じたのか。 彼は、ゆっくりと瞳を開けた。 「---あ、、、」 よかった。 よかった、生きていた。 本当に--- 「…………山神様?」 「このッッッ、大馬鹿者ッッッが!!!」 横たわったままの彼に馬乗りになりそうになり、慌てて脇へ避けてから屈み込む。 至近距離でその瞳を覗き込んでいると、みるみるうちに視界がぼやけた。 「何故あのようなことをした! この湖には古来より水神が棲んでおるのじゃ! お前は、お前は、もう少しで死んでしまうところだったのじゃぞ!!!」 水神はあの時、確かに彼を殺そうとしていた。 「山神様」 「うるさいうるさい! お前は何も分かっていないのじゃ。妖の掟も山を守らねばならぬ役目も! だから、わたし、わたしは」 「---山神様!!!」 一声、そう叫んで。 ひたりと見据えられた両の瞳が、真っ直ぐに自分を見つめる。 驚くほど澄んだ、熱い想いを宿した目。 ---わたしはこれまで、こんなに近くで、はっきりと誰かの瞳を見たことなどなかった。 「---信じてください」 彼は山姥の手を取って、己の左胸に当てた。 いささか早い鼓動が手のひらに伝わってくる。 ドクン、ドクン、ドクンと。 「わたしはちゃんと生きています。貴女のお役目がどれほど大事かも、分かっていないかもしれないけれど考えています。でも、恋ってそういうものじゃないんです」 「……………」 「好きになっちゃいけない相手だから好きにならないとか、そんな選択ができるわけじゃないんです。結ばれるかとかそういうことは分けて考えてください。でも、僕があなたを好きな気持ちだけは信じてください」 ---そして。 握られた手をぐいと引き寄せられる。 「あなたがわたしを助けようとしてくれたのは、きっと僕と同じ気持ちだったからだって。そう思っても、いいんですよね?」 お互いに、またずぶ濡れで。 身体は冷えて、寒い。水の中で、夏でも凍えそうな邪気に遭ったから。 ---なのに、抱き寄せられた腕の中は酷く広くて、温かくて。 滴り落ちる雫のいくつかが、やけに生温くて。 何かに気づいて、ハッと顔を上げた瞬間に。 ………唇が塞がれた。
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