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<21>
「……湖の神様と、話をしました」
「---水神と?」
静かな波の打ち寄せる浜で話をした。
先程からずっと握られたままの片手が熱い。
「貴女に恋をしておられたようですよ」
「………は???」
何を言っているのか分からない。
水神が? 恋? しかも、誰にだって?
「彼奴とはこの山を守って長い付き合いじゃが。そんな話は聞いたこともないぞ。何を言っておるのだ」
「貴女は他者から向けられる視線や感情に鈍感過ぎやしませんか? あの方は人間に貴女を奪われると思って、僕を引きずり込もうとしたようです」
「引きずり込むも何も、お主から飛び込んだのではないか!」
「失礼ながら、貴女の気持ちを確かめたかったので。目の前で愛する人に同じことをやられたら、どんな気持ちがするか見て貰いたかったんですよ」
まさか飛び込んだ先に恋敵が待ち構えているとは思いませんでしたけど。
「は、……な?」
「その様子だから気づいてなかったんですよね。湖の神様は貴女を僕……人間に奪われるのが嫌だったんです」
「馬鹿な! 何百年も前からこの地を共に守ってきた仲間なのだぞ」
「ああ、じゃあいわゆる幼馴染ってヤツなんですねぇ」
言うなり、男はぐいと距離を詰めて目にも止まらぬ速さでわたしの肩を捉えた。
「ッッッ、何をする!」
「妬けるなぁ。そんな昔から貴女のことを見ていた、一緒にいられただなんて。そういうの一番腹たちます」
苦笑しておどける男の瞳は、少しも笑っていなかった。
射抜くほど真剣な瞳に、身体が硬直して動かなくなる。
---不意に、理由も分からず涙が零れ落ちた。
「あ、すみません。ちょっと待って……。調子に乗りました。泣かせるつもりじゃなくて、ただ僕は貴女に」
「お前も水神も、何を言っているのか全く分からぬ!」
想いが叶わぬのならと死ぬ覚悟をして。
最後を迎える場所に、最初で最後の想い人がいた地を選んで。
飛び込んで助けられて、また飛び込まれて。
飛び込んだ先で、今度は想い人が殺されそうになった。
なのに今、自分は生きている。
二人とも助かって。自分は生きて、大好きだった人の腕の中にいる。
それは本当に温かくて、優しくて、ホッとして。
それでももう---胸がいっぱいだ。
訳もわからず、山姥は泣きたいだけ泣いた。
夏の日差しが和らいで陰るまで、ずっと。
―――彼に会ってからというもの、自分は泣いてばかりだ。
恋は甘いだけのものではない。
切ない、苦しい恋もあるのだと。かつて山姥だった少女は、知った。
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