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「……誰だ、お前は」 ---ある日の朝。 手鏡を見た山姥は、あまりの驚きに目を見開いた。 手鏡の中に、見知らぬ女が写っている。 幾分張りのある肌。 雑ではあるが切り揃えられた髪。 そして、何よりもそれまでとは比べものにならないほど澄んだ瞳。 それは山姥自身だった。 「……確かに。少しばかり身なりを整えるようになったが」 鏡を覗き始めてから、少しずつだが始めたこと。 朝起きた時、髪くらいならとかすようになった。 伸び過ぎて邪魔だった髪と爪は、思い切って切り揃えた。 荒れていた肌に少しでもよかろうと、僅かながら知識のあった薬草を取ってきて、すり潰した汁を顔や肌に塗っていた。 「……このワシが、若返ったというのか?」 それが己自身の姿だと、俄かには信じられなかった。 だが、山姥の心は確かに、その事実に喜びを覚えていた。 自分は、本当はそこまで醜くないのかもしれない。 もっと美しくなれるのかもしれない。 山姥はその日から、鏡を見るのを朝晩の二回にした。 朝起きて身支度を整え、鏡を確認してから外に出た。 夜、眠りにつく前にもう一度鏡を覗き。 昨日の己より、今日の自分が美しくなれているかを確かめた。 手鏡は大切に毎日磨き、傷つけたり汚さぬように気を配った。 持ち手の部分は、手の油を吸ってつやつやとしている。 鏡を手にして己を磨いては、また大切に神棚に戻す。 そんな日々が毎日続いて、一年が経った。
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