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「---此度は、夏の鳥を撮りに来たか」
少女は独りごち、身軽な足取りで山の斜面を駆け下りる。
視線の先には、かなり離れた向かいの山。
その斜面をゆっくりと降りていく、1人の男の姿があった。
肩には大きな機械を抱えている。
「あの時あやつが持っていたのも、『景色を映す機械』とやらだったな」
---冬の間に、遭難して倒れていた人間を1人見つけた。
残念ながらその女は既に事切れていたが、持っていた機械は動いた。
「……花や、山を登る人間? これは……雲か。この山の景色ではないな」
目の前のものを、絵のように残す機械。これがカメラというものか。
そして、あの男はこれを使って「写真」を撮るのを生業としていると言っていた。
死んでしまった女は哀れだったが。
せめて見つかりやすいようにと、夜のうちにカメラと一緒に人間の山小屋の近くへと運んでおいた。
山姥が、カメラマンと名乗った男を救ってから後。
あの男がまたこの山に来ているのを、何度も見かけた。
同じ人間を繰り返し見かけるのは、特に珍しいことではなかった。その者がこの山を好んでいるのであろうと、その程度にしか思わなかったから。
山を愛して訪れる者を、山姥は厭わない。
けれど、山姥は、自分が助けたあの男がここにいてくれるのが特別に嬉しかった。
たとえ言葉を交わせずとも、またその顔を観れるだけで嬉しかった。
「鳥ばかり撮っているようだなぁ」
そのことに気づくのは、そう遅くなかった。
気づかれないように木陰から観察していると、男はいつも山の鳥たちばかりを狙ってカメラを構えている。
「……そういえば、鳥を撮るのを専門としていると言っていたな。鳥の写真は人間に高く売れるのであろうか?」
山姥には人間の好むもののの価値は分からない。
そんなことを考えながら、少女は男の姿を追い続けた。
春は、山桜に鳴く鶯を撮っていた。
夏は、川辺で魚を捕る翡翠を撮っていた。
秋は、落ちた紅葉を踏み分けて歩く小綬鶏を撮っていた。
冬は、雪の降る湖に浮かぶ白鳥を撮っていた。
---ずっとずっと、その姿を見つめ続けていた。
その間、彼女は己を磨く手を休めなかった。
山姥の姿は、美しい少女へと変わっていた。
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