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こんなの……間に合う距離じゃなかった。でもオレが落ちるよりも前に先生は動いた。心配で、見てくれてたんだ。
「階段でふざけたら危ないでしょう」
静かな声で先生が言う。
こんな時でも怒鳴ったりしない。だけど身体全部でオレを包み込んだ、先生の心臓がドキドキしている。大声で怒られるよりずっと、自分が悪かったって気持ちで苦しくなる。
「……ごめんなさい」
「気をつけないと駄目ですよ」
「……うん」
「もうしませんね?」
「……はい」
「汐見君──」
やさしい声で名前を呼んで、胸に頭を引き寄せて──撫でられる。先生の甘い匂いに気が付いた。頭がぽわぽわしてくる。
(……これってホントに心配してるだけ……?)
「──なあ、そろそろ汐見離したら?」
静観していた右白から呆れた声が上がる。右白は左十ほど他人の恋愛に興味がない。
「駄目。今は汐見君にお仕置き中です」
(え?これお仕置きなの!?)
「でも──もう次の授業が始まりますね。遅れてしまうので行って下さい」
「ねーねーオレにはお仕置きしないのー?」
左十がニヤニヤしながらオレと先生を交互に見る。
「して欲しいんですか?」
先生の声が驚いている。その反応にオレも驚く。
(まさか同じこと──するんじゃないよな?)
そんなの嫌だ。左十を抱きしめる先生なんか見たくない。恨んでやる。心の中で左十に呪詛を吐く。
「……じゃあ昆虫を10種類採ってきて下さい。オスとメス一対ずつ」
少し考えてから先生は至って真面目にそう言った。
(昆虫……)
思ったのと違う。もっと斜め上の回答だった。
「えー?シオと違いすぎない!?」
「左十君の方が罪が重いですからね」
「どう見ても、えこひいきじゃん!」
「──そう言ったでしょう?」
先生は意味深に笑ってオレの頭に手を乗せる。
「授業に遅れますよ。汐見君──またね」
「よし、恋愛イベント、無事回収!良かったねシオ」
自分の手柄のように左十が親指を立てる。
「なに考えてんのか分かんねーな、あいつ」
右白が胡散臭そうに先生を目で追った。
オレは「またね」の殺傷力の高さに瀕死寸前だ………。
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