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「お前のシモ事情なんか知らねえよ。けど本質は変わんねえだろ………オレはなあ、お前が一人の人間に執着すんの初めて見て、驚いてんだよ」
「そうでしたっけ」
「とぼけんな。有り得ねえくらい自分が無くて、全部を他人に委ねて来といて」
恋愛に於いてだけでなく人生までもが人の成すが侭で頑なに主導権を握らない生き方──霧谷にはそう見える。
「今回だって、汐見の奴が見かけによらず強引で、お前の悪い癖が出たのかと思ってたわ。──最初はな」
扉にもたれた霧谷が視線を床に落とす。実際にまだ全ては信じられない。間宮が他人に対して自発的な行動を起こすことに。
「……僕が一人の人に拘るのはそんなにおかしいですか?」
覇気のない間宮の声が訊ねた。
「そりゃおかしいよ、びっっっくりだっつうの。だから──危ねえんだよお前」
何がと訊かれても答えられなかったが、間宮は沈黙している。
「そんで今どうなってんの?勝手が分かんなくてビビってんのか?」
どうでしょうねと言い掛けて、間宮は口の端に上った笑みを敢えて消す。
「──そうかもしれませんね」
沈黙した後、思惑の計れない笑顔を作り直した。
「かっわいくねえな。どうせ腹割って話せる友人も居ないお前を不憫に思って、聞いてやろうってのに。少しは頼れよ」
「どうもありがとうございます。ご遠慮させていただきます」
慇懃無礼に棒読みな返答に霧谷は苦笑する。
「あっそ。だったらいいんですケド。んじゃこの話は終いだ、戻るぞ」
霧谷は扉を開けようとして、思い立ったように振り返る。後に続こうとしていた間宮が立ち止まる。
「……お前が引っ張り込んだんなら放り出すなよ」
「するわけないでしょう。そんなこと」
つかの間にらみ合うように視線を合わせる。
見下ろす間宮が、自分の顎に手を当て首を少し斜めにした。おもむろに腕を伸ばし、ぽんぽんと霧谷の頭を叩く。
「はあ?何やってんだお前は」
「だって先輩小さいから」
「だぁから、そういうとこだって言ってんだろ!汐見ほどは小さくねえよ!」
「汐見君と先輩を並べないで下さい。不愉快です」
霧谷が間宮の胸に肘鉄をくらわす。
「かゆいです先輩」
薄く笑う間宮の顔を一瞥すると乱暴にドアを開け、霧谷は準備室を出た。
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