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「隣、いいかな?」
不意に声を掛けられた。
男の人の声だった。
誰か分からないけれど、泣きじゃくった顔を見られるのも恥ずかしいし、かといって無視するのも感じが悪いし、とりあえず私は膝を抱えた状態のまま頭だけ下に一度振って了承の合図とした。
私の隣にゆっくりと腰を下ろす衣擦れの音がする。
え? 誰なの? 私、明らかに落ち込んでるし、泣いてるし、確かに競技場の片隅で泣いてる方も悪かったけど、そこは察して一人にしといてくれるのが普通じゃないの!?
私もとっさに頷いてしまったけれど、なんか凄く気まずいんですけどっ!
私がそんな事をうだうだ考えていると、腕の隙間から一欠片のパンが見えた。
「甘い物は好きかな?」
「……別に、嫌いじゃないけど」
「じゃあどうぞ。元気が出るよ?」
私はとりあえず涙も止まったし、顔を起こして彼からそのパンを受け取った。
「あ……ありがと」
って何他人の差し出したパンなんか受け取ってんのよあたし! しかも千切ったやつ!
とは言え私は不思議な感覚に見舞われていた。
初めて会ったはずなのに、側にいるだけで安心した気持ちになれるような、そんな気がしてしまうのだ。
他人のはずなのに嫌な感じじゃない。
私はそのまま受け取ったパンを一口かじっていた。
……美味しい!
それは今まで食べたどんなパンより優しい味がした。
ほんのり甘くて、とても温かい。
再び涙が頬を伝う。
最初に右目から一滴流れて、次に左目から一つ。
そこからぽろぽろと零れてきて、あとは堰(せき)を切ったように止めどなく溢れた。
「うっ……うっ……!」
私はもう一口パンをかじった。次は塩味も加わって切なさが口の中に広がった。
「いいんだよ。今はおもいっきり泣いて。君は良く頑張ったんだから」
私の背中をさする手がすごく優しくて。
私は何も考えず彼の胸に飛び込んでしまった。
だけど、そんな私の行動を分かっていたかのように彼は私を包み込んでくれたのだ。
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