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それから五分くらい経っただろうか。
すっかり落ち着いて心もスッキリ。だけど私の心の中は今、凄まじいまでの羞恥(しゅうち)に満ちていた。
やっちゃったやっちゃったやっちゃった。
てゆうか何であたしこんなことしたの?
赤の他人の、しかも男の人の胸に抱かれて号泣するとか。
そして更にその羞恥の行動は今も現在進行形な訳で。
だけどトクントクンと脈打つ彼の鼓動を聞きながら、この人ならそんな後ろめたさは感じるべきでもないとも思ってしまうのだ。
「落ち着いた?」
そんな私の心の動きをまるで読んでいたかのように、彼は先程と変わらず優しく声を掛けてきた。
「あ……うん」
と、とにかく。私を元気づけてくれたことに変わりはないのだから、ちゃんとお礼は言わなきゃ。
私は体を起こして彼の顔を見る。そう言えばずっと視線を逸らしっぱなしだった。何だか私、すっごく感じ悪いのではないだろうか。
「……っ!」
「そんな顔しないで、笑って?」
私は絶句してしまった。
彼の顔を見て。
そして知ってしまった。衝撃の事実を。
先程食べたパン。それは彼の顔だったのだ。
だって彼の顔は、綻(ほころ)びと穴だらけでとてもじゃないけれど、もう原形を留めていない。普通なら喋るのもやっとの状態だろう。
一体ここに来るまでに何人の人に自分の顔を分け与えて来たのか。
それでも彼は確かに笑っていた。
私に辛い顔をさせないために。
なら私もそうあるべきだ。彼は私の辛い顔や泣き顔を見るためにここへ来たんじゃない。
きっと。
「うん。やっぱり君には笑顔が一番似合う」
そしてまた彼も笑った。今にも崩れてしまいそうな、けれど優しい笑顔。
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