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でも、出来ることなら行かないでほしい。
もうこれ以上頑張らないでほしい。
私がそれを彼に言う権利なんてないのかもしれないけれど。
彼のこんな姿を見て、平気でいられる人なんていないのだから。
私はもっと自分の心に、自分自身に愛と勇気を持つべきだった。
自分を労(ねぎら)う愛と、これからも前に進んでいく勇気を。
そうすれば彼はこんなことにならずに済むのに!
「ねえ、待って!」
私は気づけば彼を呼び止めていた。
膝を震えさせながらも懸命に前を向いて歩を進める彼のことを。
「ありがとう」
けれど彼はそんな私には目もくれず、そうとだけ告げて振り返らずに去っていく。
その時、尚も追いかけようとする私の横を、一人の女性が通り過ぎた。
真っ昼間の競技場に似つかわしくないコックの出で立ち。そして彼女の右手には。
「何やってるのよ」
「ああ。やっぱり来てくれたんだね。もう顔がボロボロで力が出なくてさ」
「しょうがないわね、いつも勝手に飛び出して、ボロボロになって、少しは私たちの気持ちも考えてよね」
「……ごめん」
「ふ……謝らないで? それより今日はアイツ、来てないの?」
「うん、今日は会ってない。でもさ、彼は何だかんだ言っていい奴だからさ」
「はあ……あなたのお人好しもここまで来ると才能よね。いつも散々……まあいいわ。とにかく新しい顔よ」
そう言って彼女は彼の顔を交換した。
「ああ……元気百倍だ」
「あなたがどれだけ無理したって、私が何度でも新しい顔を届けてあげる。それはこれからもずっと変わらないわ」
そして二人は少しの間だけハグしあって、そして離れた。
「じゃあ行ってくるよ」
「ええ。行ってらっしゃい」
そう言って彼は風のように走り去った。
次の困っている人の元へと。
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