Last Around  周防光一 

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帰る道すがら二人は、黙り込んでいた。 電車に揺られ、都内に入ったのはもう夜も遅い時間だった。 少し前を歩いていた深月がゆっくりと振り返る。 見つめるその瞳は、不安そうに揺れている。 梶原が持参した郵便物は、調査書と書かれてはいるが、 書面ではなく、ICレコーダーであった。 それには、菜穂の夫、岡嶋悠斗の声が吹き込まれていた。 岡嶋悠斗は、深月に約束していたらしい。 全てが終われば打ち明けたいことがあると。 その内容は、俺にも関わる事だった。 気にはなっていた。 一体いつどのタイミングで俺は、秋月昴から“周防光一”へとなったのか。 岡嶋悠斗の真相によると、 周防光一は岡嶋の親友だったという。 俺達がインペリアルシアターで被災していた頃、周防光一も、 被災し、偶然二人の男は、同じ病院に運ばれた。 岡嶋悠斗は、気づいた。 俺、秋月昴と周防光一がよく似ていることに――。 頭と顔のケガ、背格好、年齢、芝居中の被災と共通項目さえあった。 病院は、震災に緊迫しており、次々運ばれてくる患者にその夜はバタバタしていた。 だからこそ誰にも目撃されることも、咎められることもなくすんだ。 周防に付き添っていた岡嶋は、二人の男のネームプレートをすり替えたのだ。 懺悔に震える声は、こういった。 魔が差したのだと。 菜穂が秋月昴を特別視するあまり。 岡嶋は、俺を菜穂から遠ざけようとしたのだと。 慌てて我に返ったらしいが、すでに遅くそんな事をしても、 二人が意識を取り戻せば、すぐにバレると思ったらしい。 しかし俺は、記憶を失くし、周防は目を覚ますことなく死んだ。 自ら犯したことに悩みながらも一人抱え生きていたと。 そうして手前が死ぬ時になって告白とは… 何とも身勝手な話に呆れた。 俺は、この現実をどう受け止めればいいのかわからずいる。 おそらく深月もそう考え、無言に違いなかった。 「大丈夫?」 岡嶋の重い告白に何も言えずにいたのだろう。 深月の問いに短く、あぁ…と返す。 「疲れちゃったね。帰ろ…」 「…深月」 そう言って手を繋ごうとした彼女の言葉を遮った俺に深月は、ハッとした。 「なに?」 「一つ聞きたいことがある」 「聞きたいこと?」 「なぜメモの、秋月の名に呼び出されて、のこのこ行った?」 翌日が同窓会というのにその行動は、妙だ。 「…それは…」 「何か気がついたからだろ。それを確かめるために行った、違うか?」 「えぇ…」 「キッカケは、あのノートか? あれを見た時のお前は、様子が変だった」 「…あのノートは、秋月くんの書いた脚本で…わたしの字も残ってる」 それだけが理由とも思えない。 深月の表情は、話しながら無表情になっていく。 なのに月を浴びたその顔は、こんな時でもひどくきれいで…寂しそうに見える。 まさか…。 いや俺の思い違いか。 でももしそうだとしたら…。 「まさか俺が…秋月昴だと気づいていた、のか…?」 そんなバカな…。 「…知ってたわ。あなたが秋月くんじゃないかって、 ずっと一緒にいながら……疑ってたの」
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