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遂に、蒸発の条件が揃う日がやってきた。梅雨の長雨が遂に明ける日が来たのだ。天気予報によれば、今年の梅雨明けは明日。今までの雨を帳消しにするような、カラッとした好天になるらしい。
私はリビングでテレビ番組の天気予報を観ながら、その朗報を知った。これが家族で囲む最後の食卓になるかと思うと、少し寂しい気もするが、私の覚悟は固かった。
「梅雨が明けるみたいね。」
何も知らない妻が言った。妻にはこれまで随分苦労をかけた。うだつの上がらない私を、献身的に支えてくれた。
「そうだね。良かったね。」
息子は嬉しそうに話す。明日はサッカーの試合で初先発をする予定なのだという。蒸発しても、数日は記憶に残るし、一応葬儀もすることになるから、私は息子の初先発を邪魔しないように、試合が終わってから静かに蒸発しようと決めていた。
「ああ、良かったな。やっと晴れるんだ。思いっきりプレイしたら良い。」
私は言った。私は幸せだった。きっとこんな幸せは私には相応しくないのだ。このまま私と生活を続けていたら、妻も息子もどんどん不幸になっていくだろう。私が居なくなれば、彼らの幸せは続くに違いない。彼らが幸せならば、もはやこの世に未練などない。
私は最後の晩餐に、普段飲まないビールを煽って、そしてベッドに入った。隣では妻がむにゃむにゃと寝言を呟いている。私は近年稀な気持ち良さを感じながら眠りにつく。
ー明日は蒸発日和ね。
寝言で妻がそう言った気がした。私は本当にそうだなあと思って、そして瞼を閉じたのだった。
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