訃報

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【訃報: 三鷹博貴さん ご蒸発】 A.M. 9:00きっかりのメールボックスにその便りは届いた。三鷹さんは確か財務部の社員だった。これといって接点はなかったが、時々話に出てくるので名前だけは知っている。しかし、"ご蒸発"とは何のことか。訃報ということは、お亡くなりになったということなのだろう。きっと普通はご逝去とか書くところを、わざわざ変えているのだから、単に死んだということ以外のニュアンスが"蒸発"という言葉には込められているに違いない。 「なあ、三鷹さんに何があったんだ?」 私は後輩の高橋に聞く。 「何か聞いた話によると、色々と苦労してたみたいですよ。」 高橋は周りの目を気にかけるようにしながら、私に教えてくれた。しかし、普段明け透けな高橋にしては、何処かよそよそしい。蒸発というのは、それほどネガティブな含みを持つ死に方なのだろうか。恐らく自殺とかそういった、センシティブな問題なのだろう。 私はノートパソコンを開いて、"蒸発"の意味するところを検索するが、そこには私の知っている以上のことはない。それは液体の表面から気化する現象ということである。また、人間に使う場合には、失踪して行方不明になるということである。 それは私も重々承知している。だが、失踪は即ち死を意味する訳ではない。何処に逃げようと、飛ぼうと、隠れようと、私という存在が消える訳ではない。だから普通は、行方不明を訃報とは言わないのである。 私はその訃報を発信した総務部に内線を繋ぐ。 「営業一課の鈴木です。あの、三鷹さんの件、ご蒸発というのはどういうことでしょうか。」 「蒸発は蒸発です。ご葬儀の詳細はメールに記載されておりますので、ご確認下さい。」 総務部の女性社員は取りつく島もなく、受話器を置いた。あまりに事務的な対応であるが、内容が内容であるから、仕方のないことかも知れない。しかし、葬式をやるのだから、やはり三鷹さんは死んだのだろう。私は一応納得して、メールの中身を確認する。彼女の言うように、そこには葬儀の案内が添付されていた。 【財務部第二グループ 三鷹博貴さん(享年46歳)におかれましては、4月7日にご蒸発されました。お通夜、ご葬儀は下記の通り、執り行われます。謹んでご案内申し上げます。】 メールにはお通夜と告別式の日取り、会場の香典について記載されていた。喪主には三鷹さんの妻と思われる人の名前が記載されていた。
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